3 / 96

第3話

 ダンスステージに無理やり登壇させられた蓮はさすがに呆然とするしかなかった。明らかにおかしい状況なのだがオーディエンスはみんな酔っぱらっているようで、一人だけ異分子が交じっているのに突っ込みが来ない。いっそのことお笑いのステージのようにみんなに笑いとばされた方が気が楽なのだが。  そのまま女の子たちが集まっている側へと連れていかれて項垂れたところで今までと違う音楽が鳴り始めた。女の子たちは蓮と同じように一輪の花を胸に差していて、めいめいに可愛らしいドレスを着て照れ笑いしながら音楽にのせて踊り出す。 (動いたらこの花、取れちゃいそう)  そもそも挟み込めるものがないのだから花に自分自身でしがみついてもらうしかない。やがて女の子たちは前方に一人ずつ出ていくと、胸元から花を取ってステージの下にいる男性たちに渡し始めた。この祭りの警備員なのか、きちっとした服に腰に長い剣みたいな棒を差している。そのうちの一人の顔を見て、蓮は驚いた。 「陽一……?」  幼馴染の陽一よりも顔面点数がかなり上がっている気はするが、不機嫌そうな雰囲気といい背の高さといい、他人とは思えない佇まいである。 『******、***!』  後ろから声をかけられ、今度は蓮がステージの中央へと連れていかれる。どうやら男性に花を受け取ってもらった女性が歓喜の声を上げていることから、なにか告白タイムみたいなものが始まったのかもしれない。中には花を受け取ってもらえなかった可愛らしい女の子がいて、泣き出してしまったのを見た蓮もその子が可哀想になってしまい、相手の男にタンスの角に小指をぶつける呪いをかけたりしてみた。  次はお前の番だとばかりに通りすがりに思いっきり蓮の背中を叩いてくる。日本人男性の平均よりも身長体重ともに下回る蓮の体は勢いよく吹っ飛び、すんでのところでステージのへりに片足で立ち止まったが、反動のせいで頑張って自力で留まっていてくれた花がぽろっと零れ落ちてしまった。 「あ」  その花に気に取られて、イケメン警備員たちが立ち並ぶところへと体が傾ぐ。蓮の目の前には、幼馴染に似た男がいて――花もろとも、蓮は思いっきりその男性に向かってダイブし、今までどんちゃん騒ぎの様相を呈していた会場は一気に静まり返った。  襲いくる痛みがほとんどなくて、すぐに蓮が目を開けると自分が誰かを――いや、幼馴染に似た男の上に跨るようにして押しつぶしていることに気づいた。 「すみません、俺……今、すぐにどきますから」  慌てて自分の体を動かそうとしたが、腰が抜けてしまったのか思うように動いてくれない。不満げなため息が聞こえたかと思うと両脇に手が差し入れられ、無理やり横へとどかされた。男も上半身を起こすと男の顔にへばりついていた花が男の手元へと落ちる。それを渋い顔のままで見つめた男は、じろりと蓮を睨みつけてきた。 『****、*******?! *****』  蓮たちの周囲には男女問わず人々が駆け寄ってきた。何人かが蓮に声をかけ、手を差し伸べてきたのだが、蓮が押しつぶした男が返事をすると人々がほっとしたような顔になる。そしてステージ上では悲鳴のような声がいくつも上がっていた。 『***! *****、**!!』  そして男は怒りながら蓮の腕を掴み力づくで立たせると、周囲の人々から歓声が沸き起こった。どうやら心配をしてくれていたのかとそれに手を振り返してみた蓮だったが、そんなこともできたのは束の間で、荷物のように男によって担ぎ上げられ、広場を後にする。 「あの、どこへ……むしろここはどこなんでしょう?」  背の高い男の肩から見える世界は思ったよりも広く、怒れるマダムも笑顔で見送るのが見えた。

ともだちにシェアしよう!