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第5話

「うわああああああ!!!」 「何事だ!!」  悪夢を見て飛び起きた蓮はしかし、自分が一向に夢から覚めていないことに気づいてパニックを起こした。昨夜蓮と一つになってしまった男があろうことか隣で寝ていたのだ。しかも飛び起きたら腰のあたりに鈍い痛みが走り、お尻を押さえながら蓮は目を瞬かせた。  黒い髪に蒼い瞳の不機嫌男はといえば、そんな蓮の様子に呆気に取られたようだったがすぐに冷静さを取り戻し嘆息する。 「夢が、夢じゃなかった!! 俺の……初体験が男だなんて……嘘だ」  愕然と呟いた蓮を置いて男は立ち上がると、下穿きすら身に着けていない蓮に服を渡してきた。自分はちゃっかり着物のような簡素なものを羽織っているんだな、と蓮が見やっていると扉を打ち鳴らす音がした。 「奥様はお目覚めでしょうか、旦那様。お食事をご用意しました」  ……猫耳と猫尻尾がついたメイドさん。  蓮は自分が間違いなく夢の世界にいるのだと確信した。 「おかしいな、昨日はまったく分からなかったのに。寝て起きたら、言葉が分かるようになっている」  首を捻りながら、先ほどの猫メイドが持ってきた朝食をベッドテーブルに置いて美味しくいただく。焼きたてのパンはとても良い香りがしていくらでも食べられそうだった。 「それはこちらのセリフだ。お前は、昨夜までは聞いたこともないような言葉を操っていた」  真面目な顔で質問されているのだが、厳しい眼差しと相対するのが怖い。  見るところに困った蓮は、陽光が差し込む明るい窓の向こうを見やる。低いレンガ造りの家々が連なり、遠くに城……と、どこまでも洋風でどこまでもファンタジックな風景が広がっていた。 「……考えたくないけど、あなたと……その、あれをしたからかな? 女の子にモテそうなのに、なんで俺なんかとしたの」  顔が赤くなってしまうのはどうしようもないが、一番の疑問をぶつけると男は一気に不機嫌そうな顔になった。精悍な顔をした男がそんな表情をすると、ただただ怖い。蒼い瞳が怒りで色が薄くなったようにすら見えて、余計に怖い。 「お前が私に花を渡したからだろう!! これを受け取り、相手の体をも受け取ったらそれはアルラの神が二人を結びつけ、祝福したということ。神の祝福を受けた者たちはその晩のうちに契りを結ばなければならない。そうしなければ、神の怒りに触れて末代まで祟られる」 「え! なにそれ怖い」  確かに花は弾みで吹っ飛んでこの男に落ちたし、なんなら自分はこの男を押し潰してしまった。なるほど、本気で祟られるとか考えているのだとしたら、この男に申し訳ないし人々がやたらと盛り上がったのも理解できたが……。 「でもさすがに神さまもそんな事故みたいなものは許してくれたんじゃないかな、なんて」 「お前は神の怒りの恐ろしさを知らないのだな。私がお前を避けたことで何か災いなどといったことがあってはならない。お前が男だろうが獣だろうが、神が私の伴侶だと選んだのなら従わなければならない」  はんりょ。  蓮の頭の中で、いよいよ男の話を理解することが辛くなり、へらっと笑った。怒られ過ぎた時に笑ったら上司の怒りが収まることに気づいてから、人の怒られたと感じるとついつい笑ってしまうのが癖となってしまっている。 「とにかく、私の伴侶の証として我がエイデス家の紋章が入った首飾りを渡しておくから、必ず身につけておくように。それを外して何かが起こっても、私は知らん」  人の貞操奪っておいて偉そうとは思うものの、旦那様だとか紋章だとか、大層ご立派な屋敷だとか。目の前にいる男がどうやらそれなりに金持ちらしいことに気づいて、ここで捨てられてもどうすればいいか分からない蓮は文句を飲み込むとおずおずと男から首飾りを受け取った。  それにはダイヤ型をしている蒼い宝石がはめ込まれている。その宝石を良く見ると、複雑そうな紋章が浮かび上がるのが見えた。取り合えず責任は取るタイプなのだな、ということは分かっただけでもよしとした方が良いのかもしれない。 「……もしかして、付け方も分からないのか? ところで、お前の名は」 「ようやく聞いてもらえた。俺は蓮って言います。そちらさまは?」  不器用そうに首飾りをいじっていた蓮に痺れをきらした男は「ウル・エイデスだ!」と怒り混じりに返事をしながら蓮に首飾りをつけるのだった。

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