9 / 96

第9話

 ウルと再び身体を繋げた次の日はさすにが腰が痛くて動けなかったが、また身体が動かせるようになってからは蓮も無謀に動き回るのではなく、そもそもの自分の能力を踏まえて行動することを心掛けるようにしてみることにした。  ウルはといえば、先日途中で仕事を抜け出したことが後ろめたかったのか今日も朝から城に詰めているとマリナから聞かされた。 「もう目が覚めるまで、第二の人生を謳歌すればいいのかな。ウルの嫁として……いや、婿として??」  ブチ、と広大な庭の雑草を勢いよく抜いてから蓮は空を振り仰いだ。  蓮と関係を結んだウル・エイデスという男はどうやらそれなりに身分のある騎士らしい。蓮の世界での美形基準はこの世界でもそんなに変わりがないようで、怖い雰囲気はあるが、背が高く端整な顔立ちのウルは女性から人気が非常に高かったらしい。しかしウルは「自分は未熟者だから」と今まで幾度も起こった縁談も、祭りでの求愛もことごとく断ってきたのだとか。 「俺って、完全に押しかけ嫁じゃないか」  世界をまたいだ押しかけというのもなかなかないだろうから、やはりそこは神さまのご意志が働いているということにしよう、と前向きに考えたところで猫耳メイド――マリナが足音を忍ばせながら午後のおやつの時間だと知らせに来てくれた。 「奥様、お庭のお掃除がかなり捗りましたね」 「いやー、仕事ないのも辛いからね。これならみんなに迷惑かけなくて済みそうだし。俺、実はこう見えてもブラック企業で猛烈に頑張る社畜だったから。こんなのんびりなスローライフ、逆にちょっと緊張する」  ブラックキギョウとシャチクという言葉はこの世界に存在しなかったらしく、猫耳メイド……正しくは猫の獣人、マリナは「??」と本物の猫ばりに可愛く首を傾げた。この屋敷の下働きとして雇われている者たちはほとんど獣人なのだが、厨房のリーダーである牛の獣人を除いてはほとんどの使用人たちが蓮に優しく接してくれた。  むしろ、「今まで常に張り詰めまくった空気が奥様のお蔭で緩んだ」「これもアルラの神のおかげ」と何故か感謝されてしまった。 「そういえば、数日前の祭りは結局なんの祭りだったんだ? こう、収穫祭とか春が来て嬉しいとか、そんな感じ?」  マリナはきょとんとした顔になったが、すぐに「ああ、奥様は別な国からいらっしゃったのでしたね」と笑顔を浮かべた。賢くて優しい子である。 「あれはアルラ国に数百年ぶりに降臨された神子を祝福する、数百年に一度しかない大事なお祭りだったのです。数百年に一度ですからね、いまだに街の中はお祝いが続いておりますよ。奥様が旦那様を伴侶に選ばれた求愛の儀式も、神の思し召しがあったのではと今年は特に盛り上がったようですね。奥様のような聡明で優しく、可愛らしい方をお迎えできて私共は幸せです」  神子。数百年に一度。  確かに翻訳されてきたが、更にファンタジックな展開に蓮は思わず首元で揺れている首飾りへと手を伸ばしていた。  マリナたちは自分たちの主が怖いのか、やけに蓮を持ち上げてくるので、日を増すごとに蓮を現す比喩表現がおかしなことになっている。優しい、くらいは他人に言われたこともあったが、聡明だとか可愛らしいというのは聞き馴れていない。  確かに中学高校大学と、やたらと男子学生にばかりもててしまい、女子学生との接点がなかったことをぼんやりと思い出してしまった。嫌なことを思い出してしまった、と蓮は慌てて嫌な記憶をしまいこむ。  そして、神さまが見守っているという噂で持ち切りだった今年の求愛ステージに巻き込まれたウルも、自分となかなかいい勝負をする不運さぶりだな、と思った。 「ウルが帰ってくるまで、ちょっとお祭りの様子を見てきてもいいかな? できれば、女性ものの服を弁償できるくらいのお金を貸してもらえると嬉しいんだけど」  屋敷で暮らし始めて、まだそれほど月日は経っているわけではなかったが、この街のことといえば屋敷の周辺とあの夜の広場のことしか知らない。マリナに尋ねると彼女は少し困ったような顔になったが「奥様のご要望とあれば」となんとか頷いてくれた。 「ありがとう。あとできれば奥様って呼ぶのもそろそろやめない?」 「それは承服いたしかねます、奥様」  猫の瞳は、明るいところだときゅっと瞳孔が細まる。蓮はへらっと笑いながら「……ですよね」と返すのが精いっぱいだった。

ともだちにシェアしよう!