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第13話

「え、俺……ですか?」  顔が青ざめ、髭が伸びた神子様はしかし意外と身長が高くて力も強い。馬車に乗っている時は見ている場所も遠かったこともあって小さく見えたが、こうして隣立つと神子様の方がずっと蓮より身長が高い……が、白い布が悲し気に風にたなびいている。これがスーツなら髭を剃って髪も整えれば似合っていただろうに。周囲を慌てて見回すが、店主をはじめとしてギャーギャー言いながら馬車を見ていた人々は一斉にひれ伏してしまい、立っているのは神子様と蓮だけになってしまった。人々には目もくれずに蓮の腕を掴んだまま神子様がまた走り出す。 「レン!!」  遠くからウルが、あの大きな黒い馬に乗って追いかけてきているのが見えたが、人々があまりにも多すぎて思うように動けないようで、馬から降りるところまでは何度か振り返った時には確認できたが前を向かないと転びそうで、そのまま蓮は神子様の逃亡劇に付き合うことになってしまった。  行く先はただの森でしかなく、道などないと思っていたのに神子様の行く先々では勝手に道が開けていくという、いかにもファンタジックな光景が繰り広げられていく。 (どこかで見たぞ、こういうシーン)  そう、子どもの頃に繰り返しやっていたアニメの映画みたいな。  怖いもの見たさで後ろを振り返ると、やはり後ろには道などなかったかのように鬱蒼とした木々が生えていて人が通れそうな感じではない。  やがて一際広いところに着くと、さすがに息を切らせた神子が立ち止まって蓮もようやく腕を解放された。駆け抜けていった先には超大型の森の精霊でもいるのかと身構えたが、とりあえずは何もいないようだ。 「やっと二人きりになれた」  少し経って呼吸が整ったのか、いきなり神子様が話し始めた。年齢不詳だが、中年と思っていた割に声はそこまで老けてもいないようだ。ずっと強い力で握りしめられていたようで、蓮の腕にはくっきりと人の手の形に痣ができている。怖い。 「ええと、俺になにかご用事ですか?」 「なにかって!! なんであんたはそんなに悠長にしていられるんだよ?! おれ達、違う世界に飛ばされたんだぞ!!」  蓮もさすがに目を丸くしたが、「またまた~」と笑い返した。 「だってこれ、俺の夢の世界ですから」 「……あんた、馬鹿だろう」  いきなりの決めつけに、さすがの蓮もむっとした顔になったが、相手の顔色があまりにも悪くて、さすがに心配になる。 「とにかく……あんたもおれも、違う異世界に飛ばされたのは間違いない。あんたはきっとおれに巻き込まれたんだ。それより、どうやってこっちの世界の言葉が分かるようになったんだ?」  神子様なだけあって、基本的に威圧的というか上から目線である。それにしても、いきなりストレートな質問に蓮は赤面した。 「どうやってって、……こっちの人と……まあ、ね?」  神子様相手にストレートな表現はさすがに気が引けて蓮は曖昧にごまかそうとしたが、相手が苛立っているのは感じられる。顔色が悪そうなところといい、神経質なのかもしれない。そのうち血圧が一気に高くなって倒れないかと心配にもなってくる。 「それを教えろって言っているんだ! 勝手にこんな服着せて、敬われたって何も楽しくない!! おれは死にたかったのに!! なんでこんな言葉も通じない世界で生きろなんて……地獄だ……!」  あれ、と一瞬蓮の目の前に黒い影が見えたような気がした。  この夢の世界に来る前。  自分に覆いかぶさってきた、黒い影。  首を傾げてから頭の中に浮かんだイメージをなんとか追い払うと、頭を抱えて地団太を踏み始めた中年男をどうするか蓮は真剣に悩み始めた。 「……地獄ですか、ここって。言葉が通じなくても、神子様が来てみんなめっちゃ喜んでいる雰囲気とか、お城かどっかにいたら伝わらないのかな? みんな、あなたが来るのずーっと待っていたみたいですよ」  頭を抱えたままの神子様はしゃがみ込む。蓮はとりあえず、自分がここに来た時のことが頭に浮かんだので、そのまま話すことにした。 「俺も最初は言葉は分からなかったけど、とにかくみんながすっかり舞い上がっちゃって、仕事も手につかない!って感じで。ここの人たちは、神さまをとても大事にしているし、恐れてもいる。その神さまのためなら見も知らなかった男を嫁にしちゃったりとか」 「なんの話だ」  確かに蓮自身のことは関係ないな、と慌てて「いや、それは置いておいて」と言葉を濁しながら、蓮は再び真面目な顔になる。 「俺は、社畜から解放されたし、ここでのんびりスローライフを堪能しているけど、それもこの国の神様のお蔭ってことになるのかなーって。俺は今の方が生きているように思える気がする。夢だけど。みんなの支えが神さまだったりあなただったりするってことでしょう? いっそのこと、椅子にでもふんぞりかえって座って、やりたい放題してみればいいじゃないですか」  社畜、の言葉にピクリと神子様が反応した。もしかして同じ社畜だったのだろうかと蓮はちょっと気になった。 「そんなに重いもの、おれには背負えない……そんな期待されたって、おれには逃げることしかできないんだ」  泣き出してしまった。  相当追いつめられていたのか、神子様は小さい子どものように大きな図体で蹲って泣いている。これは誰かに見られたら蓮がいじめたと言われるパターンの構図である。大体そういう時というのは――。 「……おい、あそこにいるのは盛大にパレードなんかしていた神子様じゃねえの? 誘拐されてきたのか?」  通行人が現れるのがセオリーなのだ。

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