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第14話

「いや、俺が誘拐されてきたんですけど!!」  とりあえず身の保身を図るが、良く見ると相手の男たちは揃いもそろって襤褸を纏い、なんなら腰になんの獣か分からないが生肉のようなものをつけている……。刃物を持って駆け付けた時点で、尋常じゃないことは頭の仲間で夢ワールドだった蓮にもすぐに分かった。 「数百年に一度の神子様なんか、売ったらすごい金になりそうだな!」  思わず「ですよね」と言いかけたのを飲み込んだ蓮はちらりと神子様を見た。はっきり言って蓮自身よりも年上だしガタイも良いし、まったくの赤の他人なのだが。  ――お前は神の怒りの恐ろしさを知らないのだ。  ふと、ウルの言葉が頭の中で蘇って、蓮は困った。この国認定の神子様がもしこの明らかに人さらい的な男たちに連れ去られて蓮がウルにされたようなあられもないことをされたり、売られちゃったりしたら。神さまが怒ったりとか、本当にあるのだろうか。 「おい、見ろよ。こっちの小僧の目……宝石みたいだぞ」 「んん? 本当だ! すごいな、こんなの売ったらとんでもなく金になりそうだぞ!!」  不意に男たちが蓮を見た。  蓮も男たちを見ていたので目が合い、途端に男たちが蓮の顔を指さしながら騒ぎ出した。  「すごいな、この二人をまとめて売ればいい稼ぎになる!」 「うわああああああ!!!」  突然起こった絶叫に、蓮だけでなく男たちも一斉に驚いた。声を上げたのは中年の男――神子様で、神子様は突然立ち上がると頭を抱えたままもと来た方へと走り出した。またしても神子様が通るところには道が開けて、あっという間に閉じられていく。一人だけ置いて行かれた蓮は男たちと一緒に少しの間ぽかりと口を開けていたが、自分も逃げなければいけないことに気づいてそろそろと後退り始めた……が、蓮のちょっとした不運体質はいかんなくこんな時にも発揮されてしまう。  ポキン、と間の抜けた枯れ枝を踏む音は、神子に注意を取られていた男たちを一斉に振り向かせるには十分だった。    ***  走って追いかけ始めたウルを呼び止めたのは、装飾品を広場で売り出していた小さな店の店主だった。騎士の地位はこの国では貴族と同然なので恐る恐るといった風ではあったが、振り向いた時に見た店主の手に、見慣れた首飾りがあるのを見てウルは目を丸くした。 「先ほど、紋章が入った首飾りを持っている方がいらっしゃいまして。私がめずらしい物見たさでお預かりしてしまったのですが、こちらをお預かりした後に神子様に連れ出されてしまって。よく紋章を見たらエイデス家のものでしたから、お身内ですよね、こちらをお返しさせてください。……それと、その方はこちらのブレスレットを旦那様に贈るつもりだったようで」  ウルは首飾りを手早く自分の首につけてしまうと、店主の震えるもう片方の手で差し出された、透明な袋に入っていたブレスレットを受け取る。何故あれ程言ったのに首飾りを外したのか、という怒りに満ち満ちていたのに、そのブレスレットに使われる石が自分の瞳にそっくりな色だったことに気づいて、自分の心に複雑な感情が起こったことにウルは表情には出さないまま動揺した。 「とても嬉しそうに選んでいらっしゃって……神子様と一緒ならご無事と思いますが」  あの青年――レンがどういう表情をしてこの店にいたのか、そう言われるだけで容易に想像がつく。『己の神』に生涯身を捧げるつもりが叶わなくなってしまい、面倒なものを押し付けられたとすら、最初は思っていたのに。 「……無事でいてくれないと、困る」  鬱蒼と茂る森に容易に通れそうな道はなく、追いついてきた部下の一人に、身につけていた防具を預けてしまうと身軽になったウルは剣だけを片手に走り出していた。  その腕には、レンが選んだというブレスレットが静かに嵌っている。  剣を使いながら無駄な枝を切り落としたりしながら進んでいくと、遠くから木々が揺らめき、その間を背が高い男――恰好からして神子――が走ってきた。驚いたことに、神子が通り過ぎると木々の揺らめきは戻っていく。 「神子殿、私の伴侶は……レンはどうしたのですか」  急に腕を掴まれたからなのか、神子はひい、と大声を上げたが、その声がウルの耳には醜く聞こえた。神子はウルが先ほどまで馬車のすぐそばにいた騎士の一人だと気づいたようで、ほっとした顔になる。それから何度も後ろを指さし、恐怖を張り付けた顔で何かしらを喋った。 「……貴様、まさかと思うが自分一人だけで逃げてきたのか……?」  彼らが進んだ森の奥で何かが起こったのだ。 「******!」  何と話しているのか、分からない。  分からないが、助けろと懇願してきたのだろう神子にウルは耐えられず冷たい眼差しを返すと、縋り付いてきた手を乱暴にならないよう意識をしながら己の体から引きはがす。  確かに、この国の神は自分の神子を助けたのだろう。ここまで来ればウルの後を追ってきた部下たちがその御身を確保して城に連れ帰ってくれるのだから。    「神子を無事城までお連れしろ」 「畏まりました」  団長は一緒に行かないのですか、と問いかけるような無能な部下はウルにはいない。身長も体重もありそうな神子が再び脱走しないように、騎士の中でも体躯が良い男二人が両脇を支え持つと丁寧に連れ帰っていく。 (……あの馬鹿!)  あの鈍くさそうな青年が俊敏に立ち回れるとは思えない。運動は苦手なのか、いつもおっとりとした動きをするし、時々何もないところで転びそうになっているのをウルも何度か見ている。あの神子を差し置けば何とか逃げ出せただろうに、もたもたして逃げ出せなかったのだうか。  ――いや、もしかしたら。  嫌な予感が強まって、ウルは深い蒼の瞳を眇めながら耳を更に研ぎ澄ませた。  オーオォォォオオン  仲間を呼ぶ、狼の遠吠え。  神子が話している言葉は分からないが、狼の言葉は薄っすらと分かる。  再び走り始めたウルの瞳は、先ほどよりもずっと薄い蒼に変化しているのだった。

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