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第15話

「おい、神子様が逃げちまったぞ」 「お前、置いて行かれたな」  ニヤニヤとしながら集まってきた男たちに逃げ道を断たれて蓮はへらっとした笑顔を浮かべていた。あんなに神子を売る気満々だったくせに、容易に捕まえるのが難しそうだと思ったのかターゲットはあっさりと蓮に変わってしまった。この世界に来てから変化したものの一つ、琥珀色の瞳はあまり嬉しい変化じゃなかったのかもしれない。 「魔獣避けには『狼の瞳』が一番だ。少し凛々しさには欠けちゃいるが、なかなか愛嬌のある顔をしているじゃねえか。これなら顔がついていても高く売れそうだな」   蓮の笑顔が引きつった。  顔がついていても、と今言っていたが、じゃあ体は?  「こいつ、そこら辺にいるアルラ人とか、この大陸にいる人間たちとも顔つきが違うな。女どもより細い腰しているし」  男の一人が蓮の後ろに回り込み、がっちりとホールドしてしまうと他の男たちが蓮の着ていた服を破り、一斉に品定めを始めた。驚くくらい目の前まで顔を近づけてきたかと思ったらべろりと瞳を舐められて、蓮は硬直した。 「体の色は白いな。こういうのはどういうところに売りに出せば一番高く売れるかな?  「そうだな、『狼の瞳』なら隣国のリコスの方がアルラよりも価値が高そうじゃないか? リコスにいる仲間に、ルート紹介してもらおうぜ」  顎を掴まれた蓮が嫌がって顔を背けると、突然腹に膝蹴りを喰らって蓮は胃液を吐き出す。今まで顔をにやつかせていた男たちの顔つきは一斉に凶悪なものへと変わっていた。 「こいつは顔さえ無事ならそれでいいんだよ。さーて、さっき神子様を逃がしちまった鬱憤を晴らさせてもらおうか」  へらりと笑った表情が顔に張り付いたまま、蓮は恐怖で震え始めた。  「腕とかは残すのか? とりあえず折っておいて、抵抗できないようにした方が良いかな。……ん? こいつ、首のところにキスマークなんかあるぜ」 「おお! 本当だ。へーえ、こんな暢気そうな顔してやることやっているってわけだ。まあ、確かに男にしちゃ随分可愛い顔はしている」  怒れるマダムの服は破られる運命にでもあるのか、わざとらしく下半身は残して破られると男たちが蓮の体に触れてくる。抵抗したら何をされるのか分からない恐怖で身が竦んでしまい、抵抗しようという気持ちは最初から折られてしまった。 「綺麗な肌しているな。噛みつきたくなる」  首を舐めた男が、急激に蓮の胸板に歯を立ててきた。短い悲鳴を上げた蓮の反応に全員で笑うと勢いづいたのか残っていた布にも手をかけようとした――その時。  すぐ近くで大きな鳴き声がした。  それは遠吠え――犬というには迫力がとてもあるその声は空気を震わせ、男たちの動きを止めた。 「へっ、犬ッころか。仕留めて毛皮もこいつと一緒に売っ払おう」  茂みから現れたのは、見たことがないくらいに大きな犬――いや、オオカミだ。  蓮の頭の中では自作の『終焉のテーマソング』と共に走馬灯が流れ始めたが、灰色の毛並みをしたオオカミは低く唸ると蓮を拘束していた男へと真っ先に噛みついてきた。 「こいつッ」  男の拘束が緩んだ隙に逃げ出そうとした蓮だったが、今度はオオカミが男たちに囲まれる。剣を持ち出されては、いくら体躯が良くても武器を持たないオオカミに勝ち目はないだろう。 「やめろよ!!」  さっきのお返しとばかりに、オオカミに向かって剣を振るおうとした男に蓮がしがみついて思いっきり歯を立てやると男が間抜けな悲鳴を上げた。無理やりその男から引きずり落されて仰向けになったところに手加減なしに踵を落とされ、酷い痛みが体中に走る。オオカミはといえばうまく相手からの攻撃を躱して手首に噛みつき、相手の骨をかみ砕いたのか嫌な音が響いた。 「殺してやる!!!」  手首を噛まれて半狂乱になった仲間をしり目に男たちが騒ぎ立てる中、オオカミは鼻面に皺を寄せて長く太い牙を剥き出しにして、攻撃の体勢を取る。 (……だ、誰か……助けて…あげて)  灰色のオオカミは蓮を助けようとしてくれているようだった。いくらオオカミが強いからといって、こんなおいしくなさそうな人間をわざわざ危険を冒して襲いかかったりするだろうか? ふくよかそうなお腹を見る限り、飢えに苦しんだ上だとも思えない。  なんとか動かなければ、と蓮はもがいたが踏みつけられた腹部は思ったよりもダメージを受けたのか動くのに時間がかかりそうだ。  ふと、オオカミの耳がぴくりと動いたのが見えた。  再び茂みが音を立てて揺れて、蓮はこれ以上のことを考えたくなくて目を伏せた。 「アルラ近衛騎士団である。全員、問答無用で斬り捨てる」  ――聞き覚えのある声に、蓮は視線を動かした。剥き身の剣を持ったまま現れたのは――ウルだ。横たわったままの状態で、ウルと目があった瞬間にウルがとても驚いたような表情になり、その後一気に険しい顔になるのが見えた。 「おれ達は何もしていませんぜ? こいつはおれ達のもんでして」   へへへ、と笑った一人に他の男たちも相槌を打ったが、近づいてきた若き騎士団長は倒れたまま動けない蓮の首にエイデス家の紋章が刻まれた首飾りをかけた。 「この者は私の伴侶だ。我が伴侶に手を出したものは、神の意に叛く者である」 「はっ、お飾りの騎士団が一人でなにができるって言うんだよ!!」  怒りのせいなのか、ウルの瞳がいつもよりも明るい蒼に見えて蓮は不思議だな、とこんな状況なのにのんびりと考えた。ウルの言葉に同意するように――男たちを威嚇するようにオオカミが唸るのを聞きながら、蓮はほっとしたのか急激に意識が遠ざかったのだった。

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