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第17話

「ガーディアン・ビースト?」 「そうです。紋章のついた石を持つ一族を守護する獣のことです。エイデス家は狼なのですが、きっとそのオオカミはエイデスの一族となった奥様を守るために現れたのですわ」  マリナが目を輝かせながらうっとりと蓮の胸元に光るダイヤ型の石を見つめながら説明をしてくれた。どうやらこの紋章が入った石を持つ家は、かつての各地に散らばった神だの王様だののを先祖に持つらしく、その先祖にまつわる獣が守護してくれるといういわれがあるらしい。  優しかったウルは蓮が目覚めてすぐのあの時限定だったようで、あとは相変わらずの不機嫌顔だが、会話はちゃんと返してくれる。  あの灰色のオオカミはといえば、広いエイデス家に蓮同様ちゃっかりと居座っていた。今も大広間から見える庭の木陰でのんびりと寝ている。 「そうそう、旦那様は犬やオオカミの言葉がなんとなく分かるのだとか」 「へー! こっちの世界はやっぱりファンタジーなんだなあ」   中年神子の話を信じると、どうやらここは蓮の夢の世界ではなく異世界なのだという。信じたくないが、自分はもしかしたらあの時にやはり命を落としてしまったのかもしれない。 (……さすがにへこむけど)  せめて親友たちの結婚式を見届けてから死にたかった。だが、ここでも自分は確かに生きているように感じる。 「……脈拍はあるし……足もついているし」 「奥様、突然奇怪な動きをしてどうなさったのですか」   蓮は人さらいというか盗賊というか、野蛮な連中に襲われた時に強く頭を打ったのではという疑いをかけられており、少しでも変な動きをするとすぐにマリナに心配されてしまう。蓮がうろつくと怒られるのであの事件以来入ったことのない厨房からも、食事時になると何かしらの料理に蓮を元気づけようとするワンポイントがつけられてくるくらいだ。 「いや、ここって死後の世界、とかじゃないよね? 俺ってゾンビ?」 「……奥様、そういえば最近お庭にもお出でになっていませんでしたね。今日はマリナも付き添いますから、一緒にお出かけしませんか?」  笑ったマリナの口元が引きつっている。これは鈍い蓮でも分かる、相手が引いている時の気配だ。とりあえずこれが死後の世界ではないのなら、異世界トリップというものを経験してしまったのだろうか? 「じゃああのオオカミも一緒にいいかな。散歩とか必要だよね? 名前はどうしよっかな」 「……奥様、あれは野生のオオカミですので飼えませんよ」  え、と返した蓮にマリナ心なしか怖い顔をして見せた。 「ガーディアン・ビーストがいざという時に肥えすぎて駆け付けることもできない、なんてことになったら大変ですから。とにかくダメなものはダメです」  きっちりと言い切ってマリナは立ち上がると、外出の準備を始める。確かに灰色のオオカミは野生下にあるはずなのに柔らかくふくよかなお腹をしているし、頬も動物園などで見たことがあるシンリンオオカミと比べると脂肪があるように思える。 (でも、野生のオオカミでも名前くらいつけたっていいんじゃないかな。オオカミ王ロボだって名前ついているわけだし。えーっと、何がいいかな。ジンジャーとか? 何となく)  ただ頭の中に浮かんだ言葉で勝手に名付けてしまうとマリナに見つからないように庭に出てオオカミ――ジンジャーに触ってみる。たてがみは少し強い毛並みだが、腹部は柔らかくてずっと撫でていたくなるくらいだ。 「ガーディアン・ビーストといっても、野の獣だ。あまり人の匂いをつけるのは良くない」  急激に声をかけられて、思わず蓮は飛び上がっていた。

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