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第21話
「えーっと……ウルがどうしてここに」
「護衛のためだ」
部下が来て忙しそうにしていたのに。蓮は首を巡らせて神子の侍従たちを探したが、彼らはウルの更に外側で申し訳なさそうな顔をして固まっていた。
「この男、王の側近だ。こいつは気に喰わない。早く行くぞ、蓮」
ウルから借りた騎士服を借りた修はウルと比べると痩せているが背丈などもそんなには変わりないように見える。後ろから来た修に腕を掴まれた蓮がどうしおうかと侍従たち同様にかたまっていると、ウルがすかさず修の腕を蓮から振り払った。
「何を言っているか分からないが、私の伴侶に触れることは許さない」
「ウル! ほら、これは俺の仕事だから。後ろで侍従さんたちがみんな怖がっているよ? それより、服を貸してくれてありがとう。すごく早かったから助かった」
ち、と舌打ちをしてウルが一歩引く。どこまでも真面目で、こういう時自分が尊重されている、と蓮は感じる。あからさまに不機嫌なところからも本当なら引きたくないだろうに、取り合えず蓮の気持ちの方を優先してくれたのだ。
「とにかく、私の伴侶には触れるなと神子に言ってくれ。護衛には私がつく。これは譲れない」
「……修さん、あまり人を掴んだりするのはこの世界ではしないことみたいです。あんまりぺたぺた触るのは、はしたない、みたいな。ウルが護衛につくのは王様の命令みたいで」
修に説明している間、「それは言い方が違う」とウルが文句を言ってきたが蓮はスルーせざるを得なかった。何とか少し話せるようになったのにここで神子が心を閉ざしてしまったら救いようがない。そもそも、蓮がウルと伴侶になった経緯などを説明するのも気恥ずかしい上に余計にややこしいことになりそうである。
「侍従さんたちも、今こそお仕事の時ですよ。一緒に行きましょう」
そう、怒りのマダムのところに行くなら、一人でも多く道連れがほしい。そう内心ほくそ笑んだ蓮には気づかず、侍従たちは小さな声で返事をした。
「マダム! 男性用の下着、ない?」
「あんた、可愛い顔しているのに結構デリカシーってもんがないね。それよりこの間の服はどうしたんだい」
広場の近くの小さな店にはマダムがゆったりと座って店番をしていた。なんだかとても懐かしく思えて蓮が走り寄ると立って迎え入れてくれたが、蓮もすっかり忘れていた服のことを指摘されて一気に立場が危うくなった。
「貴方がマダムか。私の伴侶が何度も世話になったとか。ありがとうございます」
「ひえ、エイデス家の旦那様かい?! こんな小さな店にお出でいただいて……勿体ないお言葉を。奥様には私が好きであげただけですから、どうかお気になさらず」
黄色い声を上げたマダムは気のせいか頬を少し赤くしてウルの前で体をくねらせると、蓮やウルの後ろに立っている男たちに気づいたようだった。
「あら、今日は綺麗なお客さんばっかりだね」
「だからあの……下着を」
一番大事なものを忘れないように繰り返した蓮だったが、ウルから見えないようにばしっと腰のあたりを叩かれてよろめきそうになる。
「この男の人の髪を整えて、下着とか一式用意して欲しいんだ。ちゃんとお金も用意してきたので」
仕事を果たすべく修をマダムに紹介すると、怒りのマダムは蓮に対するのと正反対なのでは、と思うくらいに機嫌よく色々と手際よくこの国の神子様を整えていった。みんなの神子様イメージはまさしくギリシャ神話かキリストかというものだったせいか、誰もこのお方がアルラ国の神子様だとは気づいていない。侍従たちも城の中よりも地味めな恰好をしているのもあって、どうやらお忍びということになるらしい。
「蓮。フェルとは何のことだ。怒りのマダムとやらが、やたらとフェルって言葉を繰り返す」
「……下着のことですね」
修が憮然とした顔になったが、ここで負けては一生神子様は下着をつけることができなくなってしまう。蓮は真面目な顔で修を店の奥へと押し込んだ。
「まさか、神子様が下着を欲しがっていらっしゃったとは……レン様、ありがとうございます」
マダムの小さな店の外で深々と侍従たちにお辞儀をされて蓮は慌てふためいた。店の近くにはあの広場があり、人々も多数行きかっている。侍従たちはいつもよりも地味な恰好をしてはいるが、顔立ちが煌びやかな上に蓮の後ろには民衆にも人気なのだという騎士団長ウル・エイデスが控えているとあって、変に視線を集めてしまっていた。
「取り合えず、これからは修さんにも普通の……何が普通かは俺にも分からないですけど、俺たちが着るのと似た形で神子の風格に合わせた生地の服とか下着を用意しましょうか。髭剃りは自分でやってくれますよ。それより修さんが初めて使ったこっちの言葉、下着(フェル)なんてちょっとかわいそうだ」
「レンがやたらと下着(フェル)を強調するから、じゃないのか」
後ろでおとなしく侍従たちと蓮の話を聞いていたウルだったが、つい堪えきれないとばかりに笑いを噛み殺しながら話しかけてくる。きょとんとなった蓮を見て、侍従たちもほっとしたような息をついた。
「どうしてこの国の人間たちはフェルばかり連呼するんだ」
店から現れた神子様に、蓮はもちろんのこと侍従たちは思わず驚きの声を出し、さしものウルも驚いたように目を瞠った。病的にやつれてはいるが、ギラギラとした目で部屋の隅から睨みつけてきていたあの神子様はどこへ行ったのか、というくらいにさっぱりと髪を短くされて衣服も整えられた男前が現れたのだ。こうやって整えてみると、30代半ばには見えるので本当は若いのかもしれない。
「修さんってやっぱりすごいイケメン」
蓮も思わず言葉を漏らしてしまったが、この世界の者たちには通じない単語が交じっていたせいでウルに聞きとがめられることもなかった……が、修にはしっかりと聞こえていたようで複雑そうな顔で蓮を見てくる。
「折角だから街の中を散歩に、って思ったんですけど。これじゃ目立ちそうだな。修さんとウルに侍従さんたちまで揃ったら、煌びやかすぎて目が潰れちゃいそう」
「……その中にお前も入っているぞ」
少し呆れたようにウルがぼやく。自分の顔面偏差値など心得ている蓮は、「俺はちょっとこの中に入るのはごめんだな」と笑い飛ばしたが全員が全員、こちらを見てきたので思わず後退ってしまった。
「エイデス家の奥方と言えば、花嫁選びの際はとても美しいお姿だったとか。お顔は整っていますし、美しいウルフズアイをお持ちなのにどうして着飾らないのですか? 髪を整えて飾りを付けたらとても素敵ですのに」
「え? いや、それは俺のことじゃないんじゃないかな……」
何人かに確認したが、蓮の顔が絶世の美少年や美少女になったわけではない。お世辞であっても無理が過ぎるだろうと蓮が苦笑していると、ウルが不機嫌そうな顔になっているのが見えた。
「我が伴侶殿が着飾っていると連れ出そうとする輩が現れるのでね。他の者たちに見せるのは、勿体ない」
ちら、とウルが修に視線を投げてから蓮の肩を抱くと、修がウルとは反対側に並んだ。
「こっちの人間がそんな密着するのはマナー違反じゃないのか? おい、マナー違反ってなんて言うんだ」
「え……あ……」
情報量の処理というのは、頭が冷静になってからじゃないとできない。蓮は救いを求める眼差しを侍従たちに送ると、彼らは困ったような、でも明らかに笑いながらこちらを傍観する姿勢に入っていた。
「じ……ジンジャー! 助けて!!」
処理は、不可。
自分で対処することを投げ出した蓮は一か八かでその名前を呼ぶと、人の悲鳴を巻き起こして大きな獣が本当に現れた。蓮と修の間に割り込むようにして現れると、野の獣にあるまじき柔らかなお腹をぽよんとさせながら人馴れたようにパタパタとその大きな灰色の尾を振ってくる。
「やっぱり俺、お前のこと飼う」
救いの神のもふっとした首周りに抱き着くと、蓮は硬い決心をしたのだった。
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