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第25話

「先ほどのアルクタ殿下は陛下の若くして亡くなられた兄上のご子息で、甥にあたられるお方ですが、母君の身分がとても低くて本来なら城にいられるご身分ではありません。ですが、今上陛下はすべての国民に開けた城を目指すと公言しているのと、ご自身にお子がいないので王弟殿下とアルクタ殿下が王位継承権を持つこととなりました。もちろん第一継承権を持ち、陛下からの信頼も篤いのは王弟バル様ですが、この世界ではそれぞれの国で王位に迷いが現れた時――守護神が混乱から国を守るために神子を遣わし、次代の王を決めるという伝説があるのです」 「神子って、修さんのことか! 神子に選ばれたら、王位継承権が下でも王様になれる可能性があるってこと?」  蓮が問うと、ウルの部下は無言で頷き返した。通りで先ほど、蓮が神子様の近くで働くことになったことなどをウルの部下は口にしなかったのか、と納得する。恐らく神子の周辺で見せる態度と先ほどのように庶民など、己の王位継承権に関わらない者たちへ見せる態度では大いに違うのだろう。 「ともかく、レン様がアルクタ殿下に絡まれたことは団長には報告させていただきますので、そこはご了承を。ここ最近、アルクタ殿下が黒幕と思われる謀略が多く、城の内外を守る我らも苦慮しております故」  そこで心配事を増やすようなことはしなくて大丈夫です、と言ったもののウルの部下はその点については耳を貸してくれない。  ようやくウルの執務室にたどり着き、ウルの部下が今あったことを掻い摘んで――頭を靴で踏んづけられたことについては、蓮がどうしてもと言ったので除いてくれた――説明をすると、そこに現れたのはいつも通りの不機嫌顔だった。アルクタ殿下は騎士たちにも大層不評なようで、不機嫌を通り越してウルの顔は苦虫を噛みつぶしたような顔になっていた。 「レン様を団長の奥方だと紹介すれば良かったでしょうか」 「そうだな。次に奴がちょっかいをかけてきたら言ってしまえ。私の伴侶を侮辱するのは神をも侮辱することだとも。なんなら、今から言ってこようか」  椅子に腰かけながらも、執務机を指でコンコンとしていて苛立っている様子が分かる。不機嫌顔がベースな男だが、あからさまに苛立つことも実は少ないので蓮は少し驚いていた。 「俺なら気にしなくて大丈夫だって。馬鹿にされたりとか割とあるあるだったし」 「馬鹿にされて大丈夫なわけがないだろう! 私が我慢ならん!!」   ウルに一喝され、ひょえ、と変な声で呻いてから、部下の人に蓮が助けを求める眼差しを投げかけたが、部下も「その通りです」と頷くばかりだ。 「レンだけではどうなったか分からないところだった。ここまで連れてきてくれて助かった、オーヴァ」  オーヴァと呼ばれたウルの部下は深々と頭を下げると蓮にも頭を下げて部屋を退出していった。少しの間、シーンとした静寂が部屋に満ちる。何か話し出すきっかけを作らないと、と悩む蓮を無言で見ていたウルはやがて諦めたように嘆息を一つつくと口を開いた。 「で。お前はどうして城の中をうろついていたんだ。神子や侍従たちはどうしたんだ? 一緒に神子の部屋を出ていったと報告は受けていたが」  一体誰から報告を受けたのかが少し気になるところではあったが、ようやく蓮も本来の目的を思い出して顔が少し明るくなる。 「そうそう、これだよこれ! お城の厨房の人と、包丁とか使わなくても作れるお菓子を一緒に作ったんだ。クッキーみたいなやつなんだけど、ウルと一緒に食べようと思ってさ。甘いもの、嫌いじゃないといいんだけど」 「……どうりで甘い匂いがすると思った。甘いものは嫌いじゃない」  ぱ、と明るい表情になった蓮はいそいそとウルの執務机にずっと手に握っていた袋を置いて開くと、香ばしい匂いが更に部屋の中へと広がった。  じっとこちらを見てくるウルに蓮はほんわかと笑いを浮かべると、一つ摘まんで「はい、どうぞ」と手渡すつもりだったがそのままぱくりと指ごと口に含まれて変な声を上げていた。 「ほのかに甘いくらいで、これなら甘いものが苦手でも楽しめそうだな」 「な……な、なんで俺の指、まで……」   割合すぐに指は開放されたが、腕を掴まれて椅子の上に抱き寄せられてしまった。 「私はこちらを先に戴く」  前にもこうなりそうな雰囲気になったのを思い出して抵抗しようとした蓮だったが、深く口づけをされて歯列を舌でなぞられてしまうと身体が震えて力が抜けてしまう。     「俺、お菓子を一緒に食べようと思って……」 「……私の、神への誓いを妨害する奴だとばかり最初は思っていたのだがな。存外、我が伴侶殿が可愛く思えて困る」  一体何の話をされているのか。 「そ、そういえばさ! 神子って、どうして神子って分かるんだろうね? さっき、オーヴァさんから神子がどうして必要なのか?みたいな話は聞いたけど、でも突然異世界に現れました~! 神子でーっす! なんて言われても、普通は誰も信じないよね?」  甘い雰囲気を何とかしようと蓮が質問をすると、「証が現れる」とウルが答えてくれた。 「古より、この世界の各所で現れた神子たちには共通して首元にその国の祭神を示す紋章が現れていた。シュウにもそれがあると神官が確認しているし、私も見たことがある。――そう、この辺りに」  襟ぐりが大きく開いた衣装では防ぎようもなく、形の良いウルの唇が蓮の首筋にも濡れた音を立てながら痕を残していく。ここでは嫌だと蓮が抗議しようとしたその時、控えめに扉が打ち鳴らされる。相手は神子の侍従の一人だった。 「どうぞ」 「どうぞじゃないだろうっ?!」  短く答えたウルから逃げ出そうと身を捩らせたが、反動で再び口づけられてしまい、羞恥で目が開けられなくなる。 「……ナニシテ……イル?」  扉の向こうから、片言の言葉が聞こえてきたかと思うと扉が大きく開かれ、足音が一気に近づいてきた。 「蓮から離れろ!!」  今度は日本語で。怒りを露わにした大きな声で神子――修が吼えると、蓮を抱えたままウルも獰猛に笑い返した。 「何故離れる必要がある。レンは我が伴侶だ。貴様こそ、我が伴侶に気安く触れるのは止めて頂きたい」    今までならお互いに何も通じないまま、いくらでもごまかせたのかもしれない。  だが、こちらの世界の言葉に興味を持った修の語学習得力は非常に高く、片言程度ならなんとなく話せるくらいまでにはなった。 「……蓮。奴は伴侶をどういう意味で使っているんだ?」 「えーっと……一生を共にする的な、関係ですかね? ……よ、嫁的な?」  ここで適当に流してしまった場合のウルが怖くて、蓮は自分にできる精いっぱいの回答を出したが、修は涼し気な切れ長の目を大きく見開いたのだった。

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