27 / 96

第27話

 蓮もちゃっかり侍従と一緒にスープを飲み干し、城に着くころには雨が降り出していた。遠くから雷鳴も聞こえてきたので天気の構造も元の世界とそんなに変わりないことを蓮は知る。 「ここからは、俺一人で行ってみます。ダメだったらごめんなさい」  見慣れてきた神子に与えられた部屋の扉の前に立つ。蓮を迎えに来た侍従以外の者たちも青い顔になっていて、事態の深刻さに蓮も一気に緊張が増した。しかし、蓮とウルが夫婦関係にあったとして修に何か悪い影響があるわけでもないのに、何が本当の原因で修が心を閉ざしてしまったのか蓮には見当がつかないのも事実だった。片言を話せるようになったとはいえ、まだまだ意思の疎通は難しいはずだ。せめて何が原因だったのかくらい教えてもらえたら、と思い扉を開く。  雨のせいか、電気などない世界の部屋は日中だというのに薄暗かった。 「……何をしにきた」  とても静かで、どこからその声が聞こえてきたのか一瞬分からないくらいだった。  蓮が視線をめぐらせると、いつもの定位置に修が座っているのが見えて安堵する――が、侍従たちが口々に言っていた通りいつになく荒んでいるようにも見える。切れ長の細い目が、虚ろに蓮を見ている。 「何をしにって、修さんの様子を見に。みんな修さんのこと心配しています」 「ふん、どうせウル・エイデスあたりに言われたのか?」  どうしてそこでウルの名前が出てくるのか分からず、蓮は目を瞬かせた。  この季節の雨は冷たいようで、修に与えられている部屋から城の中庭を望むと折角綺麗に咲いた花々も寒そうに俯いている。 「ウルのことは、今は関係ないですよね」 「関係はある。……どうせ、どんな世界に行ってもおれのことが大切だとか必要とする人間なんてどこにもいないんだ。……失敗したら、そこで終わり。見放されて……ここの連中もきっとそうだ。おれが神子? だったらどうしておれは元の世界に帰ることもできないんだ! おれには何の力もないのに!! ……おれには、何もない」  項垂れた修に近づくと、蓮は少し考えてから口を開いた。ここまで繊細な人間を相手にしたことは、正直言ってあまり経験がない。蓮を叩き潰そうとしてくる人間なら会社の中にいくらでもいたけれど、そうやって叩き潰されてしまった人間は次の日にはそっと会社を辞めていたので、残り続けた蓮と接することすらなかった。 「俺なんて、神子ですらないです。それでも、大事にしようとしてくれる人はいます……多分だけど。あなたのことを誰も気にも留めないのだったら、そもそもとっくにこの世界で死んでいると思いませんか? 少なくとも、あなたのことをどんな意味かはさておいても助けよう、生きていてほしいと思う人たちがいるから、あなたは生かされている。おれだって、あなたが元気をなくせばこうやって雨の中駆け付けるくらいは考えています」  蓮の言葉をおとなしく聞いていたかと思った修は急激に立ち上がり、おもむろに腕時計を外すと、力ずくで大きな窓を開けて雨が降る外へと向かって放り投げた。  それは綺麗な放物線を描いて落下していき、花々の間へと吸い込まれていくのまでは蓮の目で追えたが、ここは3階部分に相当する高さがあるので飛び降りてすぐ確認しに行くこともできない。 「何やっているんですか! あれは、あなたの大切な物だったんでしょう?!」 「そうだ、おれの大切なものだ。おれのこと考えている? だったら今すぐ探しに行ってくれよ。……見つけてきたのなら、認めてやる」  修が笑った。   「そんなに泣くくらいなら、大事なものを手放すなよ」  窓枠に縋るように手をつき、膝をついてしまった修に蓮は呆れたように声をかける。ここまで追い詰められてしまった人間をどうすればよいのかは蓮にも分からないが、彼が先ほど自ら投げ捨てたあれは、修にはなくてはならいものだろうくらいは簡単に見当がつく。 「探してくるからさ、とりあえずあんたは窓を閉めて温かいスープでも飲んで落ち着いて。侍従さんたち呼ぶからね。嫌とは言わせない」  相手を年上だと思うことも馬鹿らしくなり、テキパキと指示をすると蓮は扉を開いて神子つきの侍従たちを呼んだ。ついでに、先ほどエイデス家でスープを一緒に飲んだ侍従の一人に視線を配ると、それだけで分かったと言いたげに侍従の一人が緑色の瞳を輝かせて廊下を走り去っていく。 「ちょっと、神子に頼まれた探しものを探してきます。中々見つからないかもしれないけど、お手伝いは不要です。ウルにもこのことは報告しないでください」  最後の部分はとにかく大事なので、蓮は強調して告げると侍従たちは真剣な面差しで頷く。扉からすぐ先に見えていた階段を駆け下りていくと、迷うことなく中庭へと通じる扉を見つけることができた。

ともだちにシェアしよう!