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第31話

「そろそろあの邪魔者が帰ってきそうなので僕はこのあたりで。良い夢を、神子殿」    修が返事をしないのも気にしないのか、軽い足取りでアルクタが立ち去っていく。それと入れ違うようにバルが慌てて部屋に戻ってきたが、先ほどよりも立ち回ることができるようになった修が迎え入れてくれた。 「シュウ様、アルクタ殿がこちらに来ませんでしたか? 先ほどからこの付近でうろついているのを見かけるものですから」 「いいや、誰も来ていない。……悪いが、もう眠いんだ。下がってほしい」  釈然としない顔でバルは修を見やったが、「かしこまりました」と丁寧に頭を下げると部屋から出ていく。去り際、小さなテーブルの上にスープを置いていったが神子がそれに手を付けることはなかった。 ***  考え事をしている間に、いつの間にか寝ていた修は夢の中で大きな熊を見た。  寝そべっていたその熊は頭だけを持ち上げて修と相対してくる。ヒグマのように見えるが、その首元は白くかたどられた毛が生えていて何かの模様のようだ。 『我が神子、ようやく我の姿が見えるようになったのか』  重々しい声が頭の中に響くようにして聞こえる。修が驚きで目を見開くと、熊はゆっくりと体も起こして修へと近づいてきた。だが、恐怖はない。熊が落ち着いているのが分かったからだが、それ以上に今の修は自分に対しての嫌悪感が酷かった。 『我がそなたを見出したのだが……酷い顔をしている』 「あなたが? ……おれは、死にたかったんだ。おれは何の役にも立たない……今回もただ人を傷つけてしまった」  そうか、と熊は静かに――哂った。 『だが、あの者もこちら側にこれて良かったのではないか? そなたはあちら側で自ら命を断とうとして高いところから飛び降り――そして、あの者をも巻き込んだ。あちら側で、そなたはまだかろうじて生きているが、あの者の肉体はもうこちら側にしかないのだ。すなわち、こちら側に来ることがなければとうに滅んでいた魂である』 「は……? あの者って、蓮のこと……か?」  さよう、と熊はクツクツと哂う。 『そなた自身が申していたではないか。己の召喚に、レンという者が巻き込まれたのだと。あの者については我の関知しないところではあったが、巻き込まれたといえば確かにその通りだ。あちら側にあったあの者の運命を、そなたが断ち切ったのだから』  ふ、と修の体から力が抜けて地面に座り込んだ。目の前まで歩み寄った熊は首を傾げると賢そうなその瞳で修を見下ろしてくる。 「じゃあ蓮は……この世界で何かあったら」 『どうなるのだろうな。目覚める前に、我が神子……我はそなたの心の写し鏡のようなもの。それだけは念じておけ』     急激な目覚めにしばらく修は身じろぐこともせず、暗いままの部屋を見やった。それから己の両手で顔をそっと覆うと、声もなく涙を流した。

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