34 / 96

第34話

「ウルから呼び出し、ですか?」  予定にない来客のようだとマリナが席を外してから中々帰ってこないので、様子を見に行った蓮の前に現れたのは神子――修の侍従の一人だった。あの緑色の瞳をした彼ではなく、まだちゃんと言葉を交わしたこともない青年だ。マリナは帰るように交渉をしていたようだが、蓮本人が現れると侍従は蓮に縋りついてきた。てっきり神子からの呼び出しなのかと思ったのだが、そうではないのだという。 「ウル様からでも神子様からでもなくて……実は陛下と神子様のご歓談中に賊が現れまして、警護されていたウル様がお怪我を……今手当てを受けられていますが、今宵はこちらに戻られそうにないのでレン様に一目お会いしたいと仰っていて」 「ウルが? すぐに行きます!」  マリナが「奥様!」と声をかけてきたが、ウルに何かあったと聞かされたら居ても立っても居られない。蓮は取り合えず着る物だけを整えて外に飛び出すと、侍従が乗ってきたらしい馬車が待っていた。 「奥様、落ち着いてください。旦那様に何かあれば部下の騎士の誰かがこちらまで来てくれるはずですわ」 「今日は別邸での歓談のご予定でした。護衛は必要最小限にとのご要望だったため、城で待機されている騎士の方々に伝言がもう届いたかは……。その場にいた方々も、賊を城に送還して慌ただしくしておりましたので。わたしはレン様にお伝えしたい一心で参りました」  蓮とマリナは顔を見合わせたが、侍従が嘘をつく必要性があるようには思えず、マリナの顔の方が段々と青くなっていった。 「そ、それならマリナが参ります! 旦那様のご様子を確認して、すぐ帰って参りますから」 「……こうは申したくありませんでしたが、ウル様の傷は深いようです。わたしもこの目で見たわけではありませんが、ウル様がレン様のお名前を呼ばれていたと聞いて」  行きます、と蓮は強い口調で申し出ていた。マリナには主要な使用人たちに事情を説明することを頼んで馬車へと乗り込む。 「申し訳ありません、レン様。……けれど、やはりあなた様は自由な外出も認められていない……神子様があなたを自由にしてくださいます」  馬車が動き始めて少しすると、隣に座っていた侍従が囁いたかと思うと頭に強い衝撃が走り、蓮は気を失ったのだった。 ***  蓮が目を覚ましてすぐに目に入り込んだのは、真っ白な天井だった。どうやらまだ昼のうちのようで窓からは陽光が差し込んでおり明るい。だが、部屋の空気は澱んでいるようにも感じた。頭を動かそうとするがズキっとした痛みが走り、自分がどうしてここに寝ているのか混乱しながら蓮は目を瞬かせる。まるで裸かと思うくらいに申し訳程度に薄布を着せられていて、両腕や足首は蓮の微かな動きでも反応して涼やかな音を立てる装飾品で飾られていた。 「……目が覚めたのか」  昏い、声。  視線だけではその声の主の姿を見つけることができず、這いずり上がるようにして蓮は身体を起こした。 「修、さん。……ウルが……怪我をしたって」  つ、と額を生温い液体が落ちていく感触がした。血だと気づいた時には修が近づいていて、額を流れてきた血を修が舐めとっていった。その感覚のおぞましさに蓮が目を瞠ると、神子はそっと笑う。 「やっと会えた、蓮。何度も謝ろうと思って使いを頼んでも、あの男に断られていて。だが、辛いのはもう終わりだから安心するといい」 「なあ、ウルは!? あんたたちを警護していて、襲われたんだろう! どこにいるんだよ」  頭が痛むのも無視をして修に掴みかかると、修は笑い返してきた。 「あの男は何にもなっていないさ。ただ、あの男から蓮を解放しなければいけない。それが、この世界に蓮を巻き込んだおれが唯一できることだ」  掴んだ腕を逆に掴み返されて強く抱きしめられる。蓮がもがいても、修は楽しそうに笑うばかりだ。

ともだちにシェアしよう!