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第36話
(これが、本当に修さんが望んでいることなのか?)
いくつもの誤解を、この男はしている。本来ならきっと――そう思う気持ちも過ぎったが、自分の中にそれほどの感情があったのかと蓮自身が驚くほどの怒りは止まらず、すぐ傍まで近づいた相手の鳩尾に力の限り膝蹴りを叩きこむと呻いた修から退いて寝台から逃げる。
「いい加減、おとなしくするんだ……!」
「おとなしくできるか!!」
蓮も成人した男性ではあるのでひ弱なはずではないが、まるでダメージなどないかのように立ち上がった修が放った言葉に、負けじと蓮も言い返す。烈火のごとく怒り狂った修が激昂して蓮が申し訳程度に着せられている薄布へと手を伸ばした――その時。
「うわああああっ」
蓮の人生で一番と言えるくらいにはっきりとした拒絶をした相手が大きな悲鳴を発して、ふ、と蓮を押さえつけるものがなくなった。
「なんで、ここには入ってこれないはずだ!!」
驚きに満ちた男の声と――そして、それに吼え返す獣の声。
「ジンジャー?!」
蓮の期待に満ちた声に、ピンと獣――ジンジャーの耳が立った。ウルと同じ――だが、いつもよりも薄まった蒼の瞳は男に向けられるとすぐに攻撃態勢をとる。まさか鍵がかかっているはずの密室で、大きなオオカミに襲われるとは思っていなかったのだろう男――修は寝台から引きずり降ろされたまま腰を抜かしていた。蓮もジンジャーの元に駆け付けたいが、思わぬ助けの手に安堵したのか身体がうまく動かせない。
「どうやって現れたんだ?!」
また修が喚いたその時。ジンジャーが牙をむいて、飛びかかったが、獣の牙が相手に到達することはなかった。まるで神子を守るかのように、胸元に白い模様のような毛並みがある大きな熊が現れたのだ。
「ひっ」
修の悲鳴がまた聞こえる。寝台の端で力なく呆然と見ている蓮には、目の前で起こっていることがファンタジーすぎて驚くことすらできない。扉からではなく、その熊はまるで――そう、まるで修の中から飛び出てきたように見えたのだ。ジンジャーは機敏に体勢を整えると相手との位置を図り始めた。オオカミとしてのジンジャーはなかなかない大きさだが、しかし相手は相手で熊の中でも特大ではと思わせる大きさと爪の長さを持っている。二頭が威嚇し合い、ジンジャーが相手の腕に噛みつくと熊の噛みつかれたところからは金色の光が迸った。
(ジンジャーたちは……生身の動物じゃない、のか……?)
熊に噛みついたまま振り飛ばされたジンジャーが壁に当たったが、その時には青い光が散る。彼らが衝突する度に血の代わりに金と青の光が散っていくので、どう見ても生モノ同士の戦いには見えなかった。
不意に、修が無言で立ち上がり再び寝台で動けずにいた蓮の元へと近づく。それに気づいたジンジャーがこちらに気を取られた瞬間に思いっきり強い力で熊に殴り飛ばされ、壁に激突して動かなくなった。止めを刺すつもりなのか熊はジンジャーの首筋に噛みつこうとする。
「ジンジャー!!」
祈るように蓮が叫び、ぐったりとしていたはずのジンジャーが熊の首元に向かって飛びかかったのと、扉が壊さんばかりの勢いで開かれたのは同時だった。
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