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第37話
時間は少しさかのぼり――。
「アルクタ殿の警備?」
表情を変えるまではしなかったが、声音に怪訝そうなものが混じっているのを側近であるオーヴァは正確に聞き分けてから頷き返した。
「近衛騎士団は一応、王族の警護が主命ですからね。アルクタ殿下も王族ですから、依頼があれば応じなければなりません。……が、わざわざ団長をご指名というのが気持ち悪い。襲われないでくださいよ」
「あんな白塗り化け物に襲われたら、国外追放覚悟で返り討ちするから問題ない」
嘆息一つついて衣服を整えてからオーヴァと共にアルクタを迎えに行くと、王の甥とやらは侍従たちにかしずかれて優雅に化粧をしていた。
アルクタの命令で警護として付き合わされたのは城から少し離れた場所にある神殿である。
アルラ神を祀り、代々アルラ王族が支援してきた神殿は小さくはあるものの王族が支援者であるだけあって内装などには金がかかっている。王族来訪時用に誂えられた部屋にアルクタが入ると、侍従たちとオーヴァを始めとしたウルの部下たちには退出するよう命令があり、部屋の中にはアルクタとウルだけになった。
「こうして一度、ゆっくりと話してみたかったんだ、騎士団長殿」
まだ青年という年のはずだが厚化粧が施されたその顔を真面目に直視するのは難しくて、ウルはアルクタの背中いっぱいに広がる窓に施されたステンドにさりげなく視線を向ける。
「そういえば君の伴侶だとかいう、あの庶民……レンと言ったか、は元気かな?」
「お蔭様で。やっと床より起き上がれるようになりました」
ふうん、と面白くなさそうにアルクタが空返事をする。それで何となく目的が見えたような気がしてウルは警戒を強めた。
「ねえ、ところで早速なんだけれどね。我らの神子殿――シュウ殿が、大層君の伴侶殿を気に入っているのは君も知っているよね。なんかこの間は神子殿の部屋に君が怒りながら入っていったと聞いたけれど」
「恐れ多いことですが、先ほど殿下も仰ったように私の伴侶はただの庶民、神子殿に気にかけて頂けるよう存在ではありません。なにか、殿下や神子殿に失礼があったのならお詫び申し上げる故、どうか私の伴侶のことは忘れて頂きますよう」
古の騎士が王族に対して忠誠を誓った時のように、ウルが片膝をついて頭を下げる。
アルクタは満足げに鼻を鳴らしたが、その眼は小さな虫をいたぶる子どものような、幼い残虐さを秘めていた。
「僕は王族といってもバルを差し置いて王になるのは難しくてね。でも、君たちも知っている通り神子殿に選ばれれば次代の王となれる。だから、僕は神子殿が欲しいものはなんでも差し上げたいと思っていてね」
「……レンは、あの男の玩具ではない」
ウルが蒼い瞳を眇めながらそう返すと、裏返った高い笑い声が起こった。
「冗談だよ、冗談。あ、でもね、うっかり口を滑らせちゃったかな。ほら、君たち『紋章つき』の家は特別だものね。伴侶との結びつきを解く方法は、王族と神官と――『紋章つき』の当主しか知らない。神子殿がそれを知らないのは、フェアじゃないよね? どうせ庶民なんだからさ、いくらでも代わりはいるんでしょ?」
そこまで笑いながら話していたアルクタだったが、場の温度が一気に冷ややかになったのを感じて不思議に思い周囲に視線を巡らせた。
それからウルへと視線を戻すと――男の蒼い瞳が、今まで見たことがないくらいに薄い色になっている。会話を続けようとしたアルクタだったが、扉の向こうで人々が争うような騒ぎが聞こえてきたかと思うと、乱暴なノックと共に扉が開き、一つの影が転がり込んできた。
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