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第38話

「アルクタ殿! シュウ様をどこにお隠しになったのだ!!」  怒りの声を上げて乗り込んできたのは、神子付き侍従の筆頭である金髪に緑色の瞳をした青年だった。必死にここまで駆けてきたのだろう、息は荒く普段の穏やかな人となりとは全くの別人のようである。金色の長い髪をたてがみのように後ろへと適当に流したままアルクタに近寄るとその襟元を掴んだ。 「神子殿と、私以外の侍従たちにあることないことを吹き込んだだろう! シュウ様の姿が見えなくて侍従の一人に聞いたら、貴殿の話が出てきたぞ。シュウ様と一人の侍従の姿が見当たらない。他の侍従たちも行く先を知らぬと言う。大方、レン様も連れ出したのだろう!」 「……偽りとやらを、詳しく私にもお聞かせ願おうか、アルクタ殿」  細身な侍従のどこにそんな力があるのだろうかというくらいの強い力で掴まれてアルクタは慌てふためいた。助けを呼ぼうにもこの場に自分の味方になってくれそうな者たちは扉の向こうだ。侍従を援護するように、騎士団長もにじり寄ってくる。 「べ、別に! 僕は自分の考えを神子殿にお話ししただけだ! あの庶民がどうとか、僕には関係ない」 「レン様が、ウル殿やエイデス家の者たちに酷い扱いを受けているとシュウ様たちに吹聴したそうだな」  ウルが驚いたように緑瞳を持つ青年――バルを見やった。その視線に硬い表情で頷いたバルは、アルクタの襟元を掴む力を強める。 「シュウ様を唆したな?! ウル殿の伴侶は神が決めた相手。それを無理やり奪うことがあれば、アルラ神まで穢れてしまう」 「だから教えて差し上げたんだ。『紋章つき』との離縁の方法を。紋章が刻まれた石を壊したら、とっととあの庶民と身体を繋げて自分のものにしてしまえばいいと……ぐえ!」  蛙が潰れたような音が聞こえる。このままではバルがアルクタを絞め殺してしまいそうで、ウルがその腕を引かせる。だが、この場で誰よりも怒りに身を震わせているのは、彼――ウルだった。ようやく床に座り込むことを許され、咽こんでいるアルクタの耳元に冷たい鋼の感触がした。 「あいにくだが、それだけでは私とレンの繋がりを断ち切ることはできない。勉強不足だな。……それより、あのクソ野郎はどこにいる? さっさと場所を教えろ。このまま黙っていても構わんが、そういう態度を続けるのなら今すぐ私はリコスに戻り、軍を引き連れてここに戻ってくるぞ。『リコス国の鼻つまみ者』でも、王族の端くれなものでな。私に従う兵もそれなりにはいる」  それはバルも知りえなかったようで、先ほどとは逆にバルが驚いた表情でウルを見返してくる。そんなバルよりもアルクタの顔は喜劇なのではと思うくらいに真っ青に変わっていた。隣国とはいえ、長い歴史を持ち、広く豊かな国土を誇るリコス国と比べたらアルラ国など些末な小国の一つである。簡単に言えば格が違うのだ。 「え、リコスの……王、族?」 「その耳はあまり役立っていないようだな。一つ切り落としてみればちゃんと聞こえるか、はっきりするか?」  ひた、と耳にあてられているのが剣だと分かってアルクタは悲鳴を上げた。暴れた瞬間、刃に耳のつけ根が当たってしまったようで鋭い痛みが走る。 「神子殿は……り、離宮だ! 前王が住まわれていた、イシカ離宮だ!! た、助けてくれ!!!」 「オーヴァ! この厚化粧野郎を城まで丁重にお連れしろ。最悪の場合、神を穢した大罪人だ」  そう言いながらアルクタから剣を退けると、「畏まりました」とオーヴァがウルに膝をついて頭を下げる。オーヴァ以外にも騎士たちがぞろぞろと入り込んできてアルクタを拘束する。それに一瞥するだけで答え、玄関へとウルが走った。バルもそれに続いたが、ウルは人とは思えないような俊足で駆けて行くと玄関傍で待っていた黒馬に跨りあっという間に遠ざかっていく。    「バル様、これは一体……」  アルクタの侍従たちが何があったのかと動揺しながらバルのところに寄ってきたが、「説明は後で」と言い捨ててバルも馬車から馬だけを切り離して黒馬の後を追うのだった。

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