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第41話

(まあ、めちゃくちゃ忙しいだろうしね)  会場の隅に不審者が入り込んでいても咎められないので、蓮はそこに居続けた。  やがて始まったムービーには、生まれた頃からの幼馴染の写真やショートムービーが面白おかしく構成されていて、その写真のいくつかにはちゃっかり蓮が映り込んでいる。全員で変顔している写真が映った時などには親戚たちを中心として会場全体から笑い声がおき、蓮は真っ赤になった。こんな風に小さい頃の写真が使われることになるとは思わなかった。  やがて成長していき、蓮も知らない恋人同士の顔をした二人の写真が映ったり、スーツを着た陽一と蓮が肩を組んで酔っぱらっている写真が映ったりして――笑い声はやがてすすり泣きがまじっていった。確かに蓮も二人の成長過程を追っていくごとに涙腺が緩んでいき、滂沱の涙をながしていたが。勝手に彼らの親の立場から新郎新婦の成長過程を想像させて、こういうのは涙腺に攻撃を仕掛けてくるものなのかと蓮は学習した。この後に新婦からの手紙だのなんだのが来たら、涙腺崩壊するお父さんがそりゃ現れたっておかしくない。なんなら蓮が泣く。  彼らと歩んだ時間の重みは、とても愛おしかった――が、壁に背を預けながら立っていてようやく蓮は、自分がこの世界にはもういないことを理解していた。  蓮が立っていたのは最後尾側、両家の父母や兄弟姉妹、近しい親戚たちが座る卓のすぐそばで、その二つのテーブルのど真ん中に小さなテーブル。それには写真立てがあって――それがなんの写真なのか、見なくたって分かってしまったからだ。  泣きたい気持ちが笑いへと変わっていく。  神父ポジションでも面白いかなとは思っていたが二人の大事な親戚ポジションにしてもらえたなんて、本当に幸せだ。  再び誰か招待客が小さな子供を連れて部屋から出ていくのと一緒に会場を後にすると、ちょうどお色直しを終えた陽一と美緒が専用の部屋から出てきた。どこか緊張した面持ちで立ち止まっている彼らの前にどーんと立ち、「お幸せに!!」と蓮が持つ限りの声で明るく言うと、ふざけて時々そうしていたように自分よりも背の高い陽一の肩を強めに叩いた――その時。 「……蓮……?」  こちらとは視線が合わないのに、陽一がそう呟いた。 「え? 本当?!」  その呟きを拾った美緒がきょろきょろとしだす。そういえば昔から陽一は気配を察するのがとても鋭かったのを思い出す。 「いや、分からないけど……気のせいかな」 「絶対にお前たちの結婚式は俺が祝ってやる!! っていつも偉そうに蓮ちゃん言ってたから……本当に来てくれたのかな? やだ、化粧直したばかりなのに泣いちゃいそうなんだけど」  潜入していたのがばれそうで、引きつった笑いをしたままこそこそと廊下の脇により、彼らを見送る。先ほど蓮よりも少し前に出た招待客が小さな子どもを連れて戻ってきたのだが、小さな子どもは何故かじっと蓮を見てきた。 「こんにちあ!!」 「あら、春陽ちゃんたら。それは壁でしょう?」  明るく笑う母親に、子どもはきょとんとする。それを聞きつけた陽一たちが「やっぱり!!」と二人で言い合っているのを後ろに、おかしくて笑いながら蓮は式場から出た。さすが生まれた時からの幼馴染、肉体がないのに気付くとは、愛が深すぎる。気づいてもらえたなんて、本当に思い残すことはなさそうだ――こちらの世界では。 「なあ、これってジンジャーのお蔭なのか? ジンジャーが青い光になって俺の中に入ってきたんだよな?」  誰も蓮のことが見えていないのなら、独り言も言い放題である。自分に言い聞かせるようにそう呟くと、『そうだよー』と明るい声が頭の中に響いた。あの熊とオオカミのバトルやら何やらを見てきたせいで、多少はファンタジーなことに耐性がついてきている。 「……あのアルラ神とかってやつはもっと厳かな喋り方だったけど、ジンジャーはすごいフランクだね。ジンジャーも何かの神様なの?」 『たいしたおしごとしてないけど、いちおうねー』  あの大きさからは信じられないくらいにあどけない話し方と幼い声音に、もしかしてジンジャーはまだ子どもなのか? という疑問がわく。それにも『そうだよー』とのんびりした声が返事をする。あの肥満体型と思っていたぷよぷよは、人間でいえば幼児のムチムチ体型だったということだろうか。だが笑ったような表情をした時のジンジャーを思い出すと、その話し方もあっているような気がして蓮はほのぼのとした気持ちになった。 「ジンジャーが俺の中にいるってことは、あっちの世界での俺は死んでないってことでいいのか? どうやったら戻れるのかな」 『れんがしんじゃったらかなしいから、ぼくがまもっているよ。だからだいじょうぶ。もどるまえに、ぼくのしごとをてつだってくれる?』   ジンジャーと対話できるとは思っていなかったが、そんな風に思ってくれていたとはこれはこれで涙腺が緩みそうだ。何とか泣くのを堪えて「勿論」と答える。 『アルラがこっちににげだしたの』 「……やっぱり修さんがいるってことか。どのあたりにいるか分かるのか?」  不意に、蓮の首元あたりに熱いものが押し当てられるような感覚があった。慌ててネクタイを取って襟元を開くと、エイデス家の紋章に似た、けれど別な紋章がくっきりと青い色で浮かび上がっている。 『これからはぼくたちのけはいが、わかるよ。れんのことは、さいごまでないしょにしておくつもりだったんだけどねー。アルラがこわれそうになっているから、いそごー』  それに頷き返したが、急激に不思議な力が宿るわけでもないらしい。だが、「なんとなく」こちらかな、という方向へと進み始めた。やがて進んでいくにつれ、それが修の自殺に蓮が巻き込まれた時の場所に近づいていくのに気付く。 「……アルラ神はどうして壊れそうになっているんだ?」  修があの時、飛び降りたと思われる5階建てのビルの中へと侵入する。この辺りは高さ制限があるせいか、低層階の商業施設しかないので都会の超高層ビルなどと比べて低い建物しかない。エレベーターを使うほどでもないかと屋上へ向かう非常階段を歩きながら、己の中にいるジンジャーへと問いかけた。 『ぼくたちがめをさますには、よりしろがひつようなの。よりしろのこころはぼくたちのこころとつながってしまうから、よりしろのこころがぐあいわるくなったら、ぼくたちのこころもぐあいわるくなるの』 「……なるほど」  依り代とは神子のことだろう。本来穏やかな神であっても、神子の精神状態に左右されるということなのか。  そんな話をしながら屋上へ続く扉を見つけたが、それはすでに開かれていた。

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