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第43話

 目が覚めても蓮は自分が服を着ていて、柔らかい寝台の上で寝ていることにひどく安堵した。また一から素っ裸で泉の中から登場シーンはさすがに繰り返したくない。視線を動かすが部屋の中には蓮以外いないようだった。 「あれ、どこも痛くない」  頬に手をやると、そこには大仰に布が貼られており、頭にも布がぐるぐると巻かれている。とりあえず上体を起こしてみたが、そこは蓮が知る部屋のどれでもないようだった。つい先ほどまで修と話していたのに、どうやら自分はまたウルたちの世界に戻ってこられたらしい。  窓から外を覗き込むと、そこから見える景色はアルラのものと違うように見えて蓮は戸惑った。山に囲まれているアルラには海がないはずなのに、この窓からは遠くに海が広がっているのが見える。 (まさか、俺は別な世界に行っちゃったのか?)  ファンタジックなことに巻き込まれてしまってからは何が正しいのか分からなくなってきている。不安に駆られて扉から出ようとするのと、扉が向こう側から開かれたのは同時で蓮は扉から入ろうとしてきた相手と軽く衝突して尻もちをついた。 「いたた……」  強かに腰をぶつけてさすっていると、ぶつかってきた相手が膝をついてこちらを窺う気配がした。 「……レンが、動いている……」 「ウルだ! ただいま!」  視線を上げると、そこには膝をついて呆然と蓮を見ているウルがいた。嬉しくて笑いながら返事をすると、無言で強く抱きしめられて蓮はウルの腕の中で目を丸くする――が、目を固く閉じてその広い背を抱き返してみる。 「おかえり、レン」  聞き心地の良い低い声音が蓮の耳朶を打つ。  その声音があまりにも優しくて、蓮は笑おうとして――失敗した。 *** 「奥様あぁあああ!! 10日の間、ずっと目が覚めなかったのですよ?! もう、マリナの心臓がいくつあっても足りません!!!」  ウルの手で寝台に戻された直後、扉から現れて蓮に飛びついたのはマリナだった。自分が10日も眠っていたことを知り、目を丸くする。確かにそれくらい経てば怪我も多少は良くなるだろう。しかし、マリナもいるのにここはエイデス家の屋敷の中ではない。頭の中が疑問符でいっぱいになった蓮を見越したように、椅子に腰かけたウルが蓮の髪を撫でながら浅く頷いた。 「ここはリコスの王都だ。アルラよりも医療技術はリコスの方が圧倒的に発展している。そろそろアルラにいるのも潮時だったからな……お前や使用人たちを連れて、リコスに戻ることにしたんだ」  リコス。  話には何回も出てきたが、国が違うと言われれば海が見えたのも納得がいく。 「マリナは食事の用意をしてくれ」 「かしこまりました!」  泣き笑いの表情でマリナが慌てて部屋を出ていく。少しして遠くの方から「やったー!」という歓声が聞こえてきた。 「そういえばお腹が空いたかも」 「だろうな。お前がいつ目を覚ましてもいいようにと、厨房の者たちが準備をしていたからすぐに何か出てくるはずだ」  落ち着いたウルの声を聞きながら、はっとしたように蓮は目を瞬かせた。 「そうだ……俺、もうウルの伴侶じゃなくなっちゃった? あの大事な首飾りを、壊されちゃって……」 「あの石は確かに歴代、エイデス家の当主が引き継いできたものだが、あれがなくなったからといって私とレンとの繋がりが消えたわけではない。レンが私にくれたこの腕輪のお蔭もあるが……既に、石など必要ないくらいに繋がりができていたんだ。だが、新しい証が必要なのなら、これを」  青い石。だが、刻まれている紋章が以前とは違うように思える。 「じゃあ、まだ……」 「ああ、レンは私の伴侶だ」  そう言ってから優しく触れるように口づけられて蓮は目を見開いたままになった。自分の両頬、布があてられているそこに生温かい液体が流れて吸収されていく。 「う、ウル……!」  感極まって言葉を続けようとした蓮だったが、残念なことに堪えられなくなったお腹の音が盛大に鳴り、ウルが吹き出した。 「なんかこう、間が悪いんだよね……」 「奥様、お食事をお持ちしましたわ!」  腹の虫の合図が聞こえたとばかりにマリナが食事を運び入れた。 「ありがとう、マリナ。……ウル、さっそくこれつけるね」 「お、奥様……お首元に……!!」  ウルから受け取った首飾りをつけようと、襟元を緩める――と、露わになった首元を見てウルがひどく驚いた表情になり、マリナは歓喜の声を上げた。  二人の様子に驚いた蓮が慌てて自分を見下ろすと、確かに胸板よりも上のあたりに青い何かの紋章のようなものが刻まれていることに気づく。 「ああ、これね。なんかあっちの世界でアルラ神を探したりとかしている時に、ついたみたいで」 「奥様、それは神子の証ですわ! しかも、それはリコス神のものです」  声が裏返ったマリナに言われた蓮が「まっさかあ」と笑いはしたものの、ウルの顔が真剣な表情になったので蓮は笑ったままどうすればよいか分からずフリーズした。

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