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第45話

 謹慎処分がようやく解かれたアルクタは、久しぶりに己の部屋以外を歩くことを許され、化粧をしない顔のままで中庭にでも行こうと侍従を二人ばかり連れて歩いていた。なんとかアルクタの両の耳はくっついたままだし、アルラ国の大事な神子も無事帰ってきた――そう、帰ってきたのだ。  あの日――神子が騎士団長だったウル・エイデスの伴侶である蓮をかどわかした日、離宮で行われたことをアルクタが目撃したわけではなかったが、侍従たちの話などを繋ぎ合わせていくとアルラ神が降臨し、不安定だった神子に憑いてしまい、暴走したのだとか。挙句ウル・エイデスを守ろうとした彼の伴侶のレンという庶民が頭を殴られて昏倒し――ウル・エイデスに反撃されて深手を負ったアルラの神子は、発狂したような叫び声をあげて姿をその場から消しただとか。  そして、ある日突然帰ってきた。  いなくなった時と同じ姿形のままで、無傷のまま。  その時にはすでにアルクタは神子を唆し、エイデス家にも被害を与えただとかで王の怒りを買い、神子たちの無事が確認取れるまでの謹慎処分を受けて大好きな化粧をすることも、今まで通りの贅沢な食生活や衣服からも遠ざけられてしまった。神子がこの地に来たばかりの頃に着せられていたような布を巻き、屈辱的なことに髭を剃ることも許されずまるで髭だらけの亡霊のような姿に仕上がった始末だ。  贅沢や城の外に出ることは許されないままだが、侍従が必ずついていることを条件に、部屋から出ることと髭を整えることは今朝許されたもののアルクタはくさくさとした気持ちで歩いた。  結局のところ、アルクタが部屋に閉じ込められているうちに侍従として神子の一番近くにいた王弟のバルが神子と良い仲になってしまい、次代の王はバルと宣下があったのも部屋で聞かされ、悔しさのあまりシーツを食い破ってしまった。始末の悪いことに、王の妾妃の一人が子を身籠ったのだという。バルは王の子が育つのなら王位を譲ると言っているとかいないとか。 (昔から、良い子だと周りに言われて……本当に腹が立つ!!)  身分も上なら容姿、頭脳、剣術などすべてにおいてアルクタの上を行く、ずっと非常に憎たらしい存在だった。だが、とアルクタは思いなおす。  アルラの隣国で、この世界で一番の大国と持て囃されるリコス国にも神子が降臨し、今日はその挨拶でアルラを訪れているのだと先ほど侍従から聞いたアルクタは謀略を張り巡らしていた。リコス国の神子に自分を選ばせれば、己がリコス国の王になることも夢ではないのでは、と唐突に閃いたのだ。なんなら神子の前で哀れな男を演じ、リコスに連れて行ってもらおうではないか。リコスはアルラと比べようがないほどに豊かで、だからこそ近年王位争いが激化していた。まだ、こちらに降臨したばかりの神子なら――アルラの神子のように不安定なところに付け込めば、操れるかもしれない。  くまのできた青白い顔で愉し気に笑うと、早速出仕用にと与えられた一着を取りに部屋に戻ったのだった。

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