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第4話

 支払いが済み、同僚と店の中で別れてロボットを誘導しながらなんとか自分の車に乗せることに成功した。店の中を歩くだけで人々がひかりの購入したロボットを驚いたように見てきたのが分かって、少し恥ずかしい。注目されるようなことは苦手なためか、自分に注意が向いているわけではないと分かっていても心臓がドキドキとする。 「……大丈夫か?」  不意に声が聞こえてひかりは肩を跳ね上げつつ驚いた。慌てて周囲を見まわし、狭い車内には自分と今買ったばかりのロボットしかいないのを思い出す。ロボットは意志の強そうなアンバーの瞳をひかりに向けている。話し方や首の動きなども自然なんだな、とひかりが驚いていると、不自然な動作音などもなくロボットの手がひかりの頬に触れてきた。 「脈が速いように感じる。緊張しているのだろうか」  頬に触れた指はやがてひかりの首筋にも触れてきてすぐに引っ込められる。驚いたままのひかりの心臓はますます鼓動を早めたが、こんなロボットが存在するのか、とも思った。 「離れていても人がどんな風な状態なのか分かるの? すごいなあ。もしかして医療用ロボットだったのかな。えーっと……なんかエー・ラックって呼びにくいから、アラキさんって呼んでもいい? なんとなく文字の綴りが似ているから」  もし医療用ロボットなら当たりだったかも、とひかりは内心ほくほくとした。医療用ロボットは診断から手術まで行える、非常に高性能なヒューマノイド型ロボットだ。大きな病院に限られた数だけが配置されている程度で、先進国の一つであるこの国にすら何十体もいるわけではない。よくよく考えればそんな高額なロボットがその辺りのディスカウントショップで売りに出されているはずもないのだが。 「好きなように呼んでもらって構わない」  ロボットの声は男性的な低い声で、落ち着いた話し方をする。ロボットから許可をもらいひかりが笑顔になると、アラキと勝手にひかりから名づけられたロボットは目を瞬かせた。 「どうかした?」  ロボットの反応にひかりが問うと、ロボットは首を左右に振ってみせた。 「私は人のそういう表情を直接見たことがない。それは嬉しい、という感情で合っているか?」 「えっ、人が笑ったのを見たことないの? そうだね、嬉しかったり、面白かったりすると笑ったりするのかな。言葉にしようとすると難しいね」   驚きながらも、確かに医療用ロボットなら人が苦しんでいる顔を見るしかないだろうな、とひかりは内心納得していた。しかし、もしかしたらロボットにはもう医療用としての記録は残っていない可能性もある。それなら、きっとこれが彼の第二の人生なのだろう。 「そろそろ帰ろうね。途中でスーパーに寄ってもいいかな? アラキさんが来たお祝いしなきゃ。アラキさん、人間ぽいから何か食べられたりするのかな? なにか好きなものはある?」  すぐに「なにも必要ない」と答えがあって、そうかーとひかりは暢気に返した。車のエンジンをスタートさせて、通いなれたスーパーへと向かう。 「これからよろしくね、アラキさん。俺、あんまり家事とか得意じゃないから部屋も汚いけど……ごはんが必要ないなら大丈夫かな」 「よろしく頼む」  それだけ話すと、なんの話をしようかひかりは悩んだ。そもそもロボットはどのくらい人との会話に対応するものなのだろうか。家にあるAIアシスタントが搭載された特売品で購入した端末はある程度日常的な挨拶などはできるのだが、込み入った話をしようものなら「よく分かりません」で会話が終わってしまう。世間話をすると、眠っていたこともあって彼――アラキが知らないことばかりだったようだが、アラキは丁寧な相槌を返してきてすぐに理解するようだった。  やがてスーパーの駐車場に着き、車内で待っているように伝えるが一緒についてきた。また行きかう人々が驚いたようにアラキを見上げる。ロボットと一緒に買い物に来る、というのは珍しくもなんともない当たり前の光景なのだが、彼ほど精巧に作られたヒューマノイド型はやはり珍しいのだろう。 「……ひかり、その野菜は傷んでいる。こちらの方が良い」 「え? あ、そうなの?」   何人かの女性が黄色い声を上げるのまで聞こえてきて、ため息をつきたくなるのを堪えながら適当に人参を選んでいたらひょいとアラキが奥の方から別な人参を取ってひかりに見せる。精肉コーナーでも同様に「こちらが良いと思う」とトレーを持ってきて、ひかりは驚いた。 (医療用かなって思っていたけど、実は家庭用だったのかな? どんな用途用でも、関係ないけど……)  こういう機能はすごく助かるな、といつの間にか人々の視線を忘れているのだった。

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