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第7話

「これって、旅のしおりみたい」  朝起きて、いつも朝食をとるダイニングテーブルに寝ぼけながら座ったひかりは、テーブルにきちんと置かれているそれにすぐ気づいた。そういえば眠る前にどこに行きたいのかを聞かれたことを思い出し、それをアラキが彼なりにまとめてくれたことを知った。日帰りだからかリーフレットのように1枚にまとめられていたが、これが複数日に跨る旅行になったら修学旅行などに持たされるような冊子になってしまうのではないだろうか。そんなことを想像してちょっと微笑ましくなっていると、挨拶をしながらアラキがひかりの前にコーヒーを置いた。 「この国には砂浜のある海岸が実に多いことが分かった。今日は日帰りだから、買い物の時間も計算してこのあたりの海が良いのではないかと思う」  自分も席に着くと簡単に今日のお出かけの説明を始めたアラキが本当にロボットには思えなくて思わずひかりは笑い出した。アラキが持つアンバーの瞳が、まるで不思議なものを見ているようにひかりを見てくる。 「ごめんごめん、笑ったりなんかして。でも、アラキさんロボットっていうより……お出かけを楽しみにしている子どもみたいで。可愛いんだもの」 「楽しみ? 可愛い?」  自然な動作なのだが、アラキの目が瞬く。端整な青年の容貌をしているのに、それもなんとなく可愛いく思えて一頻りひかりは笑うと、淹れたてのコーヒーを頂く。 「調べてくれてありがとう。休みの日に出かけたりとか、一人だと全くしないから近くにそんな砂浜があるのも知らなかった」 「どういたしまして。出かけよう」  返事の仕方を覚えたアラキが自然に返してくる。めずらしく朝食は出てこないのでひかりがきょとんとすると、アラキが旅のしおりを指さす。 「焼きたてパンを途中で買っていく? ……アラキさんって正直、俺よりも人間レベル高いよね」  感心したようにひかりが呟くと、アラキは無言でひかりの手に帽子を持たせるのだった。  アラキがサーチした焼きたてのパンはなかなかの美味しさで、海の見えるパーキングエリアでそれを頬張りながらひかりは海を見ていた。まだ海に入るには早い季節のせいか、波打ち際で遊ぶ姿もまばらで駐車場も混み合ってはいない。パンを食べ終えたところでアラキに誘われてひかりも波打ち際まで行くと、穏やかな海が燦然と輝いていた。ここに来るまでの途中も、有料道路から見える砂浜の美しい海岸線に歓声を思わずあげてしまったが、アラキはそれを注意することも笑うこともなかった。 「小さい頃はさ、よくあちこちに出かけていたんだ。母さんが海は苦手だっていうから、海に来られたのは一度だけだったけど。……でも、思っていたより近かったんだね。車もあるし、大人なんだから行こうと思えばいくらでも行けたのに」  アラキに話を聞いて欲しかったが、そういうのも気恥ずかしくてひとりごちるように呟くと、アラキは隣でじ、とひかりを見つめてくる。 「私なら指示を入力されればその通りに動くしかない。ある程度、思考能力は与えられているが……例えば、一つの場所を攻撃せよと命令されればこの身が滅ぶとしてもそれを最後までやめることはしないだろう。選択ができるというのは、人間だからではないのか? 行かないという選択をしたのも、それが悪いことではないだろう」 「アラキさんって比喩が過激だね。でもそうだね、アラキさんと一緒だから楽しいなあって思うだけで、一人で行きたいとは思わなかったんだし」  のんびりとひかりが笑うとまたアラキがそれを不思議そうに見やる。  そんな時、少し遠いところから女性の悲鳴が聞こえた。

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