10 / 19

第10話

「ひかり。そのまま寝たら風邪を引く」  力が入らないように気を付けながら青年の肩を揺すったが、家に到着してから風呂に入ってしまうと疲れが出たのか、青年はソファにもたれながら目をとじてしまった。  己を『アラキ』と名付けてくれた彼は、綺麗な顔立ちをしているが何か特殊な能力に長けている、などといったことはない普通の人間だ。なのに、どうして自分を起動できたのかはアラキ――NO.A-Rack12にすら分からない。眼鏡をかけたまま寝かけているので、取り合えず眼鏡を外してやると整った顔立ちが際立つ。    優秀な人間の指揮官なら何人も見てきた。的確に指示し、敵に壊滅的なダメージを与えることに長けた者たちに従い、『生きて』きた。指示を受けている間は搭載されたAIがまともに動くことはなかったと言っていい。もちろん、己の判断で危険があれば避けたりはできたが、軍として戦うという点では『己が考えて』動くことはなかったと言っていい。軍事用ロボットなのだから、指揮官の指示から外れた行動をとれば「暴走を始めた」と判断され、すぐにスクラップされることは理解できていたからだ。  だが、青年――ひかりの声で目が覚めてからというもの、己が持ち得る知識では分からないことがたくさん増えた。間違えないように行動や言動を気を付けていても、常に指示が与えられるわけではないので自然と己に搭載されたAIに学習させ、どんどんと自分で考えた結果で動いて行かなければならない。  こういう風に思考する力があったことを、この国で目が覚めるまでアラキは知らなかった。  一般の人と暮らすには、まず感情を理解しなければならない。  まだそれは人と比べたら笑えるくらいに中途半端なのだろうが、本などで知識を吸収していくうちにアラキは、自分が青年に好意というものを抱いているということは認識した。日常生活を送っていると、ひかりの代わりに買い物に出かけることや図書館に行って本を借りることもあるので一般の人間と接することが増えたけれど、そういう人々と接していても特別な『感情』という変化を起こす対象は現れない。 「アラキさんも寝よー。明日からバイトしに行くんでしょ?」  寝ぼけ眼で薄っすらとこちらを見てきたひかりがそう言って微笑む。ロボットは人の補助的動作をするために開発されたので、この国では正規雇用の対象外とされているがアルバイトとしてなら働くことができる。時々買い物の帰りに寄る本屋で見かけたバイト募集の広告を見て決めてきたのが先週で、ひかりは「アラキさんがやりたいならやってみたらいいよ」と賛成してくれた。ロボットは疲れなど感じない。――感じないのだが、ひかりはいつもアラキのことを同じ人であるかのように接してくる。  ――そこまで考えた時に浮かんだ、その感情をなんと名づければいいのか、この時のアラキには分からなかったけれど。 「ひかり、寝ていてもいいから、髪を乾かしてもいいか?」 「……そんな、お気になさらず……」  すう、と寝入った青年にアラキは目を瞬かせると己の口元が勝手に動く気配がした。 「おやすみ、ひかり」  形の良い額に口づけをすると、いそいそと青年の髪を乾かしてベッドへと連れて行くのだった。

ともだちにシェアしよう!