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第19話/ Later talk

「へえー、綺麗なマンションだなあ! 駅が少し遠くても、これなら俺も住んでみたいな。お、ジャンク品だったのに見違えるようになったな!」 「ほんといい部屋~! あ、これが噂の『アラキさん』ね!? 初めまして~~入夏くんの同僚です、いつも入夏くんにはとってもお世話になっています!」  引っ越しが落ち着いてしばらくして、ひかりの同僚だという男女数名が遊びにやってきた。彼らの話はよくひかりとの会話に出てくるので、名前を紹介されただけである程度の人間像が判別する。念のためサーチもかけたが、ひかりが信頼しているだけあってひかりに悪意を持つ人間はいなかった……が、悪意以上に厄介な感情を持っている人間を見つけてしまった。  あの日。リサイクルショップで、初めてアラキがひかりと出会った日に居合わせた男。その男――坂本と名乗った――はビールを飲んで盛大に顔を赤くしながらひかりの隣で楽し気に笑っているのだが、その男をサーチにかけた際に悪意はないけれど『好意』があることに気づいてしまった。好意や愛情といった感情を学習する以前なら気にも留めなかったのだが、それらの感情が拗れるも問題であるケースに遭遇したアラキはつい警戒してしまう。  だが、相手はひかりも親しくしている同僚かつ友人であるようなのでここは口数少なく料理を供することに徹した。 「あ、俺も片づけするから! ごめんねアラキさん」  坂本以外のひかりの同僚たちは見事に酔いつぶれていて、今日はこのままリビングに雑魚寝してもらうことになりそうだった。ほとんど酒を飲まないひかりも、深夜になったからか眠そうな目をしていることに気づいて寝るよう勧めたが「一緒に寝よう?」と汚れた皿を運びながら返してくる。 「おー、散らかしちゃって悪いな。片づけなきゃだな」  酔っぱらって顔を赤くした坂本がそう笑うとふらふらとした足つきで缶を集め始める。キッチンまでそれらを運んできた坂本だったが、エプロンをかけて食器を片づけているひかりに気づくと近づいてきた。 「ひかり、家事とかするようになったんだ。生活能力皆無だったのになー。エプロン姿、意外と似合ってる」  「まあね。アラキさんに教えてもらったんだ」  せっせと働くひかりをシンク台に手を置いて覗き込んだ坂本は、楽しそうにそう返してきたひかりに「ふうん」とにやついた。襟ぐりが開いていて、くっきりとしたひかりの鎖骨が見えている。普段ならワイシャツで隠れている、今この角度から覗くようにしないと見えない薄い胸元の部分に赤い花びらのような痕跡を見つけてしまったのだ。 「ところで、そのキスマークなんだよ。お前、いつの間に彼女作ったんだ?」 「は?」  目を丸くしたひかりが慌てるのが面白くて、つい襟元に手を伸ばそうとした、その時。 「坂本サン。随分と酔っているようだ。そのまま立っていると悪酔いする。早めに寝ることを推奨する」  後ろから強めの力で伸ばしかけた腕を掴まれた。  ひかりが以前に買ったジャンク品のヒューマノイド型ロボットだ。しかし腕を掴んだのは、坂本よりも背が高い男の手にしか見えない。ロボットマニアの坂本だが、人間の行動を制限するロボットなんて初めて見たな、と振り返ったところで坂本は固まった。  相手――ヒューマノイド型ロボットがそのアンバーの瞳に怒りを浮かべているのが見える。それは、恋人にちょっかいを出されて怒っている男の表情だ。ひかりの胸元についた独占欲の痕を残したのが誰なのか分かってしまった気がして、坂本は降参するように両手を小さく上げた。  ヒューマノイドとはいえ、怒るという感情表現をするのも驚きだし、甲斐甲斐しくひかりの面倒を見ているところからも多大な好意も寄せているのだろうか。だが、とにかく相手の怒りに触れるのは危険な気がして坂本は「お、おやすみなさい」とぎくしゃくとした笑みを浮かべると、そんな坂本のことなどつゆ知らず気持ちよさそうに寝ている同僚たちの元へと逃げ帰った。緊張したせいで酔いは一気にさめてしまい、部屋中の電気が消えて部屋の主たちが寝付いても、坂本一人だけが眠れなかった。ひかりとロボットが同じ寝室を使っている、本来眠りなど必要のないロボットが一緒に主人と寝る、ということにも仰天したからだが。   翌朝。  ひかりとアラキが準備した朝食を同僚たちと取りながら、坂本はアラキがキッチンへと行ったタイミングで隣で美味しそうにパンを頬張っているひかりを見やった。 「なあ。お前のロボット、あれって本当にロボットなのか? すげえ怖かった……」 「怖い? アラキさんが?」  トン、と目の前にコーヒーカップを置かれて坂本はひっと飛び上がりかけた。 「坂本サン。コーヒーをどうぞ」  それは余計なことを言うな、という無言の圧に感じて坂本は恐る恐る相手を見上げた。足音も立てず、いつの間に坂本の隣に戻ってきたのだろうか。同僚たちは「気が利きますね」とアラキを褒めそやすばかりで誰もこの無言の圧に気づいていないようだ。  周囲からは、もしかしたらひかりからも、ロボットがただ微笑んでいるように見えるだろう。人同然に設計されたヒューマノイドが、ただ人に囲まれて笑っているように。 (目……目が、笑っていないんですけど……!)      蛇に睨まれた蛙のように固まりながら、坂本は相手を『ジャンク品のロボット』から『ひかりの怖い彼氏』に認識を改めたのだった。 Fin.

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