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第1話 不適切な関係

 夏休みが終わると同時に夏も終わればいいのに。  九月に入って二週間になるのに猛暑はまだ終わらない。日差しは弱くなったけれど、肌が日焼けしたせいで、余計に日光を吸収しているように感じる。  登校した風早(かぜはや)太一(たいち)は教室の真ん中の席に座ると、額に浮いた汗をタオルで拭う。そして扇子を広げて自らをあおぐ。  教室は冷房が入っているものの、中央管理のせいで風量は緩い。火照った体は風を当ててもじわりと汗ばむ。 「あっつ……」  半袖シャツの胸元を大きく開けて風を入れる。それでも足りず、シャツの裾を持ち上げて直に扇いでいると、椅子の脚を蹴られて世界が揺れた。 「こらっ」  後ろを見ると友人の佐々木が立っていた。 「何だよ?」 「お前の席はあっち。だろ人の席に陣取ってんじゃねえよ」  ガンガンと何度も脚を蹴られ、太一は仕方なく隣の席に座る。すると、窓からの光りが足に当たり、また体温が上がるのを感じた。たまらずカーテンを閉める。 「エアコン効いてるんだし、そこまでしなくていいだろ」 「そんなことねえよ。見てくれよコレ」  太一は両腕をそろえて佐々木に見せる。だが理解できなかったのか首をかしげられる。 「よく見ろよ。左腕だけ色が濃いだろ?」  夏休みが終わってすぐに行われた席替えで、太一は窓に近い席になった。そのせいで毎日左側から日を浴びる生活を続けたせいで左右の腕はハッキリと色が違っていた。  左腕だけ日焼け止めを塗ったがあまり効果は無く、日ごとに色が濃くなっているように思えた。 「そうか? 全然わかんねえけど。気にしすぎじゃね?」 「俺は気になるんだよ」  日焼けをするのは構わない。けれど格好悪く焼けるのは嫌だった。  太一がむくれて反論したところで、予鈴が鳴った。佐々木は「テニス部はおしゃれでございますことで」と言って席にもどる。  廊下に出ていた生徒が教室に入り、落ち着いた頃に本鈴が鳴ったが、担任の成瀬(なるせ)俊介(しゅんすけ)がやってこない。  立ち上がって窓から隣の校舎にある職員室前の廊下をのぞく。すると先生たちが慌ただしく職員室から出てくる。 「教頭がまた長話でもしたのかね」  佐々木も窓を覗く。けれど、それにしては様子がおかしい。廊下でも足を止めて打ち合わせをしている。  教室の扉が開き、入ってきた人を見て、静まっていた教室が小さくざわついた。教室に入ってきたのが担任の成瀬ではなく、学年主任の大鷹だったからだ。  五十代の中年の教師はいつものようにダルそうに歩き、教壇に立つ。  教室をゆっくりと見渡すと、一瞬だけ視線がある方向で止まる。太一が視線を追う前に、大鷹はよく通る声で話し出した。 「みんな、おはよう。今日のホームルームは私がすることになった。それじゃ出席を取るぞ」  手早く出席簿を開き、名前を順に呼んでいく。誰かが問いかける。 「成瀬先生は遅刻ですかー?」  小さな笑いが起こる。成瀬はどんくさいので時々こういうことがあった。 「ちょっと待ってくれ。これが終わったら説明する」  いつものように成瀬への愚痴が返ってこない。遅刻や病欠ではなく、何かがあったと教室の誰もが直感した。自然と静まった教室に出席簿を閉じた音が大きく響く。 「よし、それじゃあ説明するとしよう。担任の成瀬俊介先生だが、しばらく学校にこれなくなりそうなんだ」  教室がざわめく。それを注意せず、静まるのを待ってから大鷹は続けた。 「いきなりの話で申し訳ない。先生たちもさっき聞いたばかりなんだ」 「成瀬先生に何があったんですか?」  耐えかねたようにクラスメイトの誰かが尋ねる。大鷹の言葉は曖昧で、説明になっていない。 「……ちょっとな。まだ情報が不確かで話すことができないんだ」  大鷹の言い方に漠然とした不安が教室に広がるのを感じた。 「先生、辞めちゃうんですか?」  一気に教室がざわめく。大鷹は白髪の交じった頭の後ろをかいた。 「いいから落ち着くんだ。まだ結論を出すのは早い。だが話が事実であれば、そういうこともありえると知っておいてくれ」  疑問は増すばかりだった。 「すまないが、今話せるのはこれくらいだ。ただ新しい情報が入れば、すぐに知らせると約束する。だからそれまでは不確かな情報を信じないで冷静でいて欲しい」  放課後には保護者会が開かれることになった。けれど昼休みにはもう事件の詳細は学校中に広まった。  成瀬先生は、クラスメイトの桐山(きりやま)佳依(かい)と不適切な関係になっていたらしい。  桐山は男子だ。そして六月から不登校で学校には来ていない。  そして今日の朝、大鷹が一瞬だけ視線を止めた席は、三ヶ月近く誰も座っていなかった桐山の席だった。

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