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第10話 ボーイズトーク

 次に『Sole Allegro』を訪ねたのは一週間後だった。部活などで忙しくて、というのは言い訳だ。佳依と成瀬の間に入りこむ隙間はないと分かってしまい、これ以上調べて何の意味があるのだろうと気持ちが切れた。それでも『会えなくて寂しい』と佳依に言われると断れない自分がいた。  佳依には裁判のことを話すまいと決めていた。新しい情報もなく、相談もせずに会ったことを責められるかもしれない。  だが太一の顔を見ると、佳依は急に笑い出した。 「なんだよ?」 「だってコレ、見てよ」  佳依は笑いながら週刊誌を手渡す。その表紙を見て太一は目を丸くした。 『ハレンチ教師の被害者はもう一人いた!? 生徒が公判中に叫ぶ!』 「はぁ!?」  記事を見るとそこにはボカシと目線を入れた顔写真が載っていた。あの時撮られたものだ。 「中身も読んでみなよ。面白いよ」  記事はハレンチ教師の裁判が開かれたこと、そしてその途中で『とある少年』が叫んだと書かれていた。そこまではまだ事実だが、なぜかその続きに独占インタビューが載っていた。 『すごく魅力的な先生でした』  奇妙な一言から始まったインタビューは、安っぽいドラマのようだった。声を詰まらせながらとか、涙を袖で拭ったとか、いちいち演出めいた文言が並ぶ。 『誰か一番好きなのか問いただしたこともあります』と、まるで学校でハーレムを作っていたような書き方だ。  法廷で叫んだ内容も、真実とは全く違っていた。記事によると愛人が男に迫るような剣幕だったらしい。太一が話したことの一部を何倍にも膨らませて、さらに脚色を加えた内容だ。 「ふざけんなよっ」  手に力が入り、雑誌がくしゃりと音を立てる。 「破っちゃ駄目だよ」 「お前、だって……!」  怒りが収まらず太一は雑誌を机にたたきつけた。 「こんなの信じる人なんていないよ」  ついたシワを手で伸ばし、横に積み上げた雑誌の束の上に置く。 「生徒と先生が恋愛関係だった。だけじゃオッサンが読者の週刊誌的に面白くないんだよ。相手が女子なら嫉妬心を煽れるけど、男同士は笑いの種にするしかないから」 「言っとくけど、俺はこんなこと言ってないからな」 「わかってるよ」  低俗な雑誌でもプライバシーには気を使っているのか、顔にかけたボカシはかなり強くて誰かはわからない。だが万が一にも傍聴しに行っていたことはクラスメイトや親には知られるわけにはいかない。念のため、あの日に来ていた服も捨ててしまおう。 「それにしても佳依がこんなの読むなんて、意外だな」 「お店の常連さん用。普段は出してないから読み放題なんだ」  積み上がった雑誌は全て明日発売の雑誌だった。 「それで、先生はなんて言ってたの?」 「……話さなくちゃ駄目か?」 「うん」  佳依はまっすぐに見つめた。嘘や誤魔化しをしてもすぐに気づかれる。太一は観念して裁判所に入ってから、審理の内容までできるだけ細かく話した。 「けど、今までと変わらなかった。成瀬は体目当てで、佳依が勘違いしてるだけだって言ってた」  佳依が悲しそうな顔をしていたので慌ててつけ加える。 「けど、成瀬は絶対にウソをついてる。演技してるって一目でわかるのに、誰も指摘しないんだ。あいつの弁護士も裁判官も、役立たずだ」 「うん。ありがとう」  だから嫌だった。話しても佳依が悲しい顔をするだけだ。 「あのさ、一つ聞いてもいい?」 「なんだ?」 「太一はどうして俊介さんのことをかばうの?」 「え? だってあいつ担任だったし、部活の顧問だったし……」 「違う。聞きたいのはそういうことじゃない。太一の気持ちだよ」 「意味分かんねえし」  太一はとぼけて見せたが、心臓が大きく音を立てていた。この気持ちは隠し通すと決めていた。特に佳依には、絶対にバレてはいけない。 「正直に言いなよ。太一も俊介さんのこと好きだったんでしょ?」  カッと頭に血が上り、太一は佳依に手を伸ばす。 「ふざけたこと言うんじゃねえ!」  襟を掴みあげ、引き上げる。 「落ち着いて」  コンコンとパーティションがノックをされ、五十嵐が部屋をのぞく。 「どうしかしたのかい?」 「大丈夫です。大丈夫ですから。ね、太一?」  佳依の胸元から手を離し、荒くソファに座る。それを見た五十嵐は店へと戻っていった。 「僕に隠しても仕方がないだろ。太一もゲイだってこと、認めなよ」 「……」  太一が違和感を持ったのは、中学校に入ってからだった。  少し前まで女なんて、と言っていた友人が急におっぱいに夢中になり出した。  女性のグラビアやエロ動画の話題で盛り上がり、どの子がエロいとか胸が大きいと議論しだす。だけど、太一はそこまで夢中になれなかった。  その時は、まだ時期が来ていないのだと思った。オナニーと同じようなものだ。目覚めれば、他の奴のように女の子に夢中になる日がくる。  けれど、何年たってもその日は来なかった。  周りを見て、演技をすることで誤魔化すことはできた。けれど、自分は何かが違うという不安と、それがバレることへの恐怖はいつもつきまとった。  表では笑顔を見せながら、心に壁を作り、奥にある宝箱には触れさせない。そんな臆病な自分が嫌いだった。  そんな時に佳依に出会い、太一は初めて宝箱を見せたいと思った。だけど、中には宝物と一緒に化け物が住んでいた。  その時のことを佳依はまだ覚えている。忘れているはずがない。あえて口にしなかっただけだ。本性を見せた相手にゲイであることを隠す意味はない。 「確かに……俺はゲイだよ。でもなんで、俺があんなデブのこと好きにならなきゃいけないんだよ」  腹も出てるし、服装もダサい。面白いことも言えないつまらない奴だ。 「気づいてないみたいだけど、僕が俊介さんって初めて呼んだ時、太一はすごい顔で僕をにらんだ。それで気づいたんだ」 「違う。俺は……」 「俊介さん、かわいいもんね」  否定する言葉がでない。 「……ああ」 「どこが好きだったの?」  全部、と答えかけて顔が熱くなる。 「……年上なのに、情けねえ所」  恥ずかしくて、顔を上げられない。なんで、こんなことを佳依に話しているんだ。 「わかるよ。俊介さんって、すぐに背中丸めてごめんって謝るよね。もうちょっとしっかりして欲しいなって思うけど、なんかそこがかわいくて」  佳依も同じ所が好きになっていたんだ。  成瀬はとにかく短所ばかりで、本当に年上なのかと思えるほど頼りない。  けれど、不思議な魅力があった。  好きだと気づいたのは、部活の夏の大会だった。二回戦で県大会に出場したこともある選手と当たり、太一は試合前から勝負を諦めていた。けれど成瀬だけは声をからして応援してくれた。声援に押され、まぐれ勝ちをすると、感極まって泣きながら抱きしめてきた。  その瞬間、胸が高鳴った。初めは自分の気持ちに戸惑った。どうしてこんなオッサンにと思った。だけど気づいた時には、どうしようもなく好きになっていた。  少しでも一緒にいたくて、成瀬に近づき、褒められたくて部活や勉強を頑張った。 「あいつ、鈍くさいんだよ」 「うん」 「メガネがずれて押し上げようとして、よくミスってレンズに触れて指紋つくんだ」 「……うん?」  そして慌てて拭く。その時だけは顔を見つめてもバレないから、太一はじっと成瀬の目を見つめた。好きですと口走りそうになるのを抑えながら。 「告白しなかったの?」 「できるわけないだろ」 「どうして?」  佳依の問いかけはからかうわけでも、尋問しているようでもなかった。ただ純粋に疑問に思っている。 「……フラれて関係が壊れるくらいなら、あのまま一緒にいるほうが良かった」  ゲイと知られれば、今までと同じようにはいられない。それにまた自分の中の強い衝動が暴走してしまいそうで、怖かった。 「やっぱり太一は太一だ」  意味不明なことを言い、佳依は嬉しそうにうなずく。 「口では悪く言ってても、太一もずっと俊介さんのことを信じていたんでしょ?」 「そんなことねえよ。俺は……最低な奴なんだ」  事件のことを聞いた時、最初に心に浮かんだのは怒りと嫉妬だった。どうして自分じゃないんだ、と。  佳依と会い、二人の話を聞く度に薄暗い気持ちは強まり、いつからか成瀬の言葉が正しければいいのにと思い始めていた。それなら、少なくとも太一は一番になれるから。  嫉妬で苦しむよりも、成瀬が犯罪者であるのを望んだ。相手を下げれば、嫉妬する罪悪感が和らぐから。  そんな自分勝手な望みも、あの指輪で打ち砕かれた。 「……裁判所で問い詰めた時、本当は真偽なんてどうでも良かった。ただ、俺への気持ちを確かめたかった。佳依と同じじゃなくていい。少しでいいから、お前も好きだったよって伝えて欲しかった」  けれど、成瀬は太一とクラスメイトをひとまとめにして謝罪した。 「俺はただの仲の良い生徒でしかなかったんだよ」  それを望んでいたはずなのに、悲しかった、  佳依がハンカチが差し出す。いつの間にか頬が濡れていた。  太一は受け取らずに手で荒く目元を拭う。 「あー、くそ。なんでお前にこんなこと話してるんだよ。バカじゃねえの」  恋敵である佳依に泣き言を言うなんて、情けなさすぎる。 「駄目だわ。帰る」  ここにいたらいつまでたっても気持ちが落ち着かない。涙の波が収まった所で荷物を掴んで立ち上がる。 「太一」 「なんだよ?」 「先生のこと、かばっちゃ駄目だからね」 「どうして?」 「約束して。たとえどんなに辛くても、自分の気持ちに嘘をつくんだ」  佳依は何を言っているんだろう。嘘なら今までずっと突き続けてきた。今さら言われるまでもない。  太一は「わかった」と軽く答え、部屋を後にした。

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