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第13話:本当の番になる。

 寝室にピチャピチャと猫がミルクを飲むような音と、艶めかしい嬌声が響く。  しかし、その切なげな吐息には不満の色が浮かんでいた。 「エド……っ、もうっ、もう……いいからぁ」  真っ白なシーツの上に俯せとなり、腰だけを高く上げる格好のセイが止めてくれと願う。するとミルク飲みの音を出していた男が、柔らかく熟した後孔からゆっくりと唇を外した。 「駄目です。今回は抑制剤を飲んでいないので、フェロモンにあてられれば私は一瞬で野獣に成り下がってしまう。そうなれば加減なんてできませんから」  だから念入りに解すのだ。そう告げて、エドアルドは再びセイの窄まりに舌を伸ばした。 「でももう限界……やぁっ、舌、入れないでっ」  指先で広げられた秘華の入口に、ニュルと生温かなものが滑り込んでくる。指でも雄でもない、唾液に濡れたしなやかな弾力が生き物のように這い回る感覚に背筋が勝手に震えた。 「ほん……もう、む……りぃ……っ」  既に限界まで膨れた男性器からは、壊れた蛇口のように蜜がポタポタと続けて落ちている。胸の隆起も一度だって直接触れられていないのにも関わらず、ピンっと音が聞こえるほどの膨らみを見せているというのに。 「う、ぁっ……んぁっあっ、ゃっ……!」  エドアルドは具合を確かめる、などと言って唾液と愛液でどろどろに溶けきった粘膜へと指を突き入れ、中の媚肉をぐるりと掻き混ぜた。 「気持ちいいですか?」 「ひゃっ、んっぁ! そ……で喋らな……っで……」  唇を当てたまま喋られれば、吐息も振動もそのまま内側に伝わってくる。すっかり敏感になっている場所にはわずかな刺激も顕著となるため、セイにとっては酷い拷問にすら感じられた。 「エ……ド、願い……っ! 早く!」 「待って下さい、もう少しだけ」  どこからどう見ても準備は整っているというのに、エドアルドはまだだと言って微弱な愛撫を続ける。今さら指を二本に足されたところで満足度なんて変わらないどころか、欲求不満が募るだけ。決して鈍い男ではないのだから、切なげに華孔がひくついていればこちらが何を求めているのかすぐにでも分かるはずだ。それなのに先に進んでくれないなんて。 「くっ、んっ……ぁ、ンンっ」  一歩進んでは二歩下がる快楽が、逆に苦しくて歯を食いしばれば額に浮かんだ汗とともに眦の涙が落ちた。 「もう……やぁ……」  どうして欲しいものを与えてくれないの。どうしてすぐにでも最奥まで突いて悦楽に染めてくれないの。どうして、どうして。  子どもみたいな我儘な疑問符が頭中に浮かんで爆発する。 「くっ……ふっ、ううっ……エドの、バカぁ……」 「セ、セイ?」 「何で、僕の願……きいて……っ、くれな……」  シーツに顔を埋めて次々と生まれてくる涙を吸い込ませていると、背後から焦った男の声が聞こえてきた。 「そんなに辛い……ですか?」 「辛いよ! 本当は……準備なんていらない……ぐらいだったのに……」 「す……みませんでした。もし、本能のまま貴方を傷つけてしまったら、と思うと怖くなってしまって……」 「エド、の言いたいこと……分か……けど、でも僕……のこと信……てよ」  自分なら大丈夫だから。エドアルドのものなら、どんなものでも受け止めることができるから。涙を零しながら訴えると、エドアルドから己が間違っていたという悔恨の言葉が返ってきた。 「セイ……分かりました」  背後から抱き締められ、肩口にキスを一つ落とされる。すると密着したことにより最大限まで膨張したエドアルドの雄が臀部に当たり。  ――――大きくなってる。 既に彼が臨戦態勢であることをセイに教えた。  ――――早く欲しい。  ごくり、と喉がはしたなく鳴る。 「私の愛を、どうか受け止めてください」  強い衝撃が訪れたのは、そのすぐ後だった。 「あっ……」  ズプン、とガチガチに硬くなった雁首が深い音を立てて華洞を割る。瞬間的に窄まりを目一杯まで開かれた感触は声にならないほどのもので、喉まで出掛かった声が引き戻されるように奥へと飲み込まれていった。  けれど、セイに与えられた衝撃はそれだけでは終わらない。何とエドアルドは自身の雄の一番太いところが入口を通過したのを確認するやいなや、そのまま一気に最奥まで肉楔を打ち込んだのだ。 「ゃああっっ!」  最初の一押しで、達してしまうかと思った。しかし何とか耐え忍んだのも束の間、間髪入れずに腰を大きく引いたエドアルドが再度勢いをつけて雄を打ちつけてくる。そんな暴力にも近い振動を二度、三度と繰り返されてしまえば、堪えられないのは当然で。 「ひ、ああぁ、ぁっ!」  セイは五度目の打ち込みで、呆気なく絶頂を迎えてしまった。  真っ赤に膨らんでいた肉芯がびくびくと痙攣しながら、濁った蜜を吐き出す。 「あぁ……ぁっ、っあぁぁ……」  待ち望んでいた解放に全身の力が一気に抜けた。上半身は脱力してシーツへと沈み、息も自分の意思で整えることができないほど荒く弾んでいる。まるで全速力で百メートルを走りきったぐらいの疲労だが、身体中は喜んでいた。  これでもう欲求不満を理由に、エドアルドに当たることもないだろう。後は、彼の全てを受け止めて――――と、簡単に考えていたのはセイだけだった。  呼吸の荒さが落ち着いたところで、エドアルドに声を掛けようと上半身を起こす。が、その身体は三秒もしないうちに再びシーツの上へと沈んだ。何故ならエドアルドが唐突にセイの腰を両手で掴み、合図もなしに先ほどと同じ勢いで下腹部の律動を始めたからだ。 「ひっ、ぁやあっ! 待っ……、まだイッたばっ……あぁっ!」  未だ十分な硬さを保っている亀頭が、目の眩むほど強烈に華襞を抉る。どこが性感帯か完全に知り尽くした的確な動きで、快感のしこりを容赦なく責め立てる。そんなことをされれば当然抵抗はおろか、ひとまず止まってくれという言葉も艶めかしい声に抑え込まれてしまい、あとはもう、人形のように揺さぶられるしかなかった。  強く突かれる度、身体ごと全部押されて何度もシーツで頬を擦る。 「んっ、ぁ、あ、やぁっ、激し……っ」  パン、パン、と下腹が結合部に当たる音が身体中に響いてくる。しかも律動は段々と勢いを増し、とうとう呼吸のタイミングすらも掴めなくなった。  ――――激しい、激しすぎる。  完全に欲の発散しか求めていない動きに、今、自分を抱いているのは本当にエドアルドなのかと疑いまで浮かんでしまった。  こんなの、いつもの彼からは想像できない。 しかし、だからといって拒絶する、なんて気持ちは少しも浮かばなかった。何故なら、こうなる前にエドアルドはちゃんと危惧してくれた。抑制剤なしで繋がれば欲情に飲まれて止めることができなくなるからと、ぎりぎりまで我慢してくれていた。それなのに逆に煽ったのはこちらだ。ならば、彼が快楽を手に入れるまで全部受け入れるのが自分の役目。 「っあ、ぁっ、ひ、ンンッ」  揺さぶられる振動を最小限に抑えようと、両手でシーツをこれでもかというほど握る。それでも全身は前後に大きく揺れ、しこりを擦られる度に射精を終えた性器の先端からピュ、ピュっと残った蜜が飛び落ちていった。  少しは気持ちよくなってくれているだろうか。心配で後孔を自らの意思で締めてみると、背後でエドアルドが小さく呻いた。これは、と思ってもう一度故意に締めてみると、やはり同じ反応を見せた。  もしかすると感じてくれているのかもしれない。そう直感したセイはできうる限り下腹に力を入れ、エドアルドを包み込む。するともっと、もっとと求めるように腰の動きが早くなった。 「ぁ、っ、ひっ、あ、あ、んあぁっ」  何度も性感帯を弄られる内に、こちらの熱もまた再来の兆しを見せる。少しずつ肉芯が硬さを帯び始め、ゆるゆると小さな雁首が天へと向かい始めた。  脳が熱い。くらくらしてきた。おそらく腸内で混ざったアルファとオメガの体液が、快感物質に代わり始めてきている。ああ、もうすぐ自分も快楽を求める獣と成り下がるのだ。そんな予感を抱きながら、セイは懸命に媚肉を震わせ続ける。 「っ、ああ、いい、イイっ……もっと……っ……もっとぉ……っ」  望む声は届いているのか、セイが喘げば喘ぐほど腰の動きが小刻みになり、やがて悦楽の場所だけを集中する攻撃となる。 「やぁっ、そこっ、ッ、っちゃう……っ、イっちゃうよぉ!」  衝動が、波が、押し引きをしながらどんどん近づいてくる。  あと、少し。あと――――。  その時、フッとセイの身体の上に人影が降りた。同時にエドアルドの肉楔が一番の勢いで最奥へと滑り込むと、たちまち高圧電流のような絶頂が訪れ、そそり立っていた肉芯からピシャッと白い飛沫が舞った。  秘奥の最深部にも、滾った雄液が注ぎ込まれる。 「い、やぁっぁぁっっ!」  あまりの快楽に背中を大きく反らせると、まるで待っていたかのごとく項に温かなものが当たり、そして次の瞬間。 「ッ! ぁ、はっ、クッ、ああぁ!」  首筋から全身に、神経を手で引き裂かれたような痛みが駆け抜けた。  これは射精の快楽から来るものでも、肛華の快楽から来るものでもない。頭の先からつま先までの全てを、作り替えるための痛みだ。 「うぁ……あ……ぁ、ぁ……」  どうして自分は昨晩の行為で、エドアルドと番になれたと思えたのだろう。番契約は、快楽で打ち消されるほど甘いものではなかったことを初めて知ったセイは、己の浅はかさを脳内で罵りながら、糸の切れた人形のようにシーツへと崩れ落ちた。  柔らかなスプリングに包まれた途端に、意識が飛びそうになる。だがこのまま終わりたくないと、セイは必死に目前に迫る暗闇を追い払った。  ――――息が苦しい。呼吸の方法が分からない。そもそも、自分は本当に意識を保てているのだろうか。  酸素不足でぐるぐる回る世界の中、混乱と戦いながら肺を動かすことだけに徹する。 「セ……イ……」  愛しの対が名を呼ぶ声が聞こえた。だが言葉が出せそうにないセイは、唯一動かせることのできる指先を小さく動かして、意識があることを伝える。 「大丈夫……です……か……?」  まだ痛みはあるけど平気だよ。だから心配しないで。  ちゃんと伝わるだろうか。心配で精一杯の笑顔を浮かべてみると、こちらを覗いていたエドアルドがほっとした顔で息を吐いた。 「無理をさせてしまって……ごめんなさい。でも……分かりますか? 私たち……番になりましたよ……」  感極まってしまったのか、みるみる内にエドアルドの瞳に涙が溜まっていく。 「私を受け入れて下さって……ありがとうございます……これからずっと……死ぬまで貴方を大切にしますね」  二人で幸せになりましょう。エドアルドが優しい響きで囁きながら、頬にキスを贈ってくれる。その時、彼の頬から伝った涙が一粒、ジンジンと鼓動を刻む首筋に落ちた。  まだ鈍い痛みが続くそこには、今度こそ番の所有印が浮かんでいるはず。できるものなら今すぐにでも確認したいが、まだ指先しか動かせない状態では無理そうで。 仕方がないから、後でエドアルドと一緒に見に行こうとセイは心に誓う。  ああ、楽しみだ。きっと二人で噛み痕を見たら、自分は感極まって泣いてしまうことだろう。それを見た彼は隣でおろおろとし始め、情けないほど慌てた顔で「セイを泣かせてしまった」と嘆くのだ。 容易に想像できる未来に、胸の高揚が止まらない。 「ね……、エ……ド……」  少しして、ようやく声が出せるまでに体力を取り戻したセイが、ゆっくりと唇を動かす。 「何ですか?」  すると、最愛の番は瞳を蕩けさせた笑みを見せながら耳を傾けてくれた。 「結婚……したら、新婚旅行……は、日本に行こうね」  時期的に桜は終わってしまうかもしれないが、母の国にはそれ以外にもたくさん美しいものがある。それを夫となった彼と見て回りたい。新たに生まれた望みを言葉にしていると、不意に温かなものが頬を伝った。  涙だった。 何故、自分は突然泣いてしまったんだろう。前触れもなく零れた雫を不思議に思ったが、セイはすぐにそれが幸せの涙だと気づいた。 「セ、セイっ?」 「ごめん……急に……すぐ止めるから……」  謝りながら何度も濡れた眦を擦るが、次から次へと雫が生まれてきてしまう。どうしようと考えていると、何故か目の前のエドアルドが「セイを泣かせてしまうなんて、私はなんていうことをっ」と、色男が台無しになるぐらい焦ってしまって――――。  どうやら思い描いていた未来は、予想よりも早く来てしまったようだ。
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