98 / 112

第15話 甘い誘惑※

 小津家は広い敷地ではあるが庭に注力したので家自体は平均的な一軒家。けれど身体の大きい高道のために浴室は広く作られている。息子が生まれて大きく育った時に、お父さんのお願い聞いておいて良かった、と敦子は笑った。  洗い場も広いけれど浴槽が本当に大きく、足を伸ばして浸かれるほどだ。しかし恋人と二人で湯船に浸かる日が来るとはと小津は感慨深い気持ちになる。二人分の体積で湯が一気に排水溝へと流れていった。 「はあ、ゆったり足を伸ばして浸かれるなんていいね」  少し熱めのお湯に浸かると光喜は大きく息を吐き出す。そして手足をぐんと伸ばして背中を胸元に預けてくる。濡れた髪とさらされた首筋、それを見ているとやたらと小津は胸が騒いだ。  いつもと変わらない状況なのに、いつもと違う場所というだけで変に意識してしまう。けれど背中を向けている彼は恋人がそんなことを考えているなんて想像もしないだろう。背後にいるクマがいまにもおいしそうなウサギに食らいつこうとしているなんて。 「小津さん?」 「え? あっ、なに?」  ふいに振り向いた光喜はなぜだかニヤニヤと唇を緩ませている。その表情に気持ちを見透かされたような気になって、反射的に小津は肩を跳ね上げた。そんなあからさまにうろたえた反応に、光喜は体勢を変えて正面に向き合う。そしてやんわりと目を細めて近づいてくる。  ゆっくりゆっくりと距離を縮めると、そっと彼は唇を寄せてちゅっと小さなキスをしてきた。口先が触れるだけのキス、たったそれだけのことなのに小津は茹で上がったみたいに顔を赤くする。 「小津さんなに想像してたの? ここ、大きくなってるよ」  耳元で囁かれて、無自覚に反応していた中心をそっと指先でなぞられた。光喜の指が這わされるだけで、そこはまたビクビクと震えながら硬度を増す。正直すぎる自分の身体がひどく恨めしく思えてくる瞬間だ。  返す言葉が見つからず、のぼせたみたいに身体中に熱が広がる。しかし意志を持って手のひらでやんわりと包まれると、慌てて小津は光喜の身体を引き離す。 「み、光喜くん、ここではちょっと」 「え? 部屋でしたいってこと?」 「あっ、いやそういう意味では」 「でも小津さんのここそのままにしたら可哀想だよ。お湯汚れちゃうからちょっと立って」  じっと見つめてくる眼差し。綺麗なヘーゼルカラーの瞳に見つめられると、こんなところで良くないと思う心と裏腹に身体が動いてしまう。なにをしているのだろう、なんて気持ちは彼の口に含まれた途端に振り切れてどこかへすっ飛んでしまった。  光喜にしてもらうまで経験のなかったこの行為。けれどいまはその快感を覚えて、一生懸命に自分のものをしゃぶるその様子を見ているだけでも欲が増すようになった。そして彼も回数をこなしてコツが掴めてきたのか、的確に攻められていつもはあっという間に吐き出してしまう。 「なんか、小津さんいつもより、おっきい……んんっ」  涙目になっている光喜が視線を持ち上げるとその色香に当てられた。思わず喉の奥に押しつけてしまい、少し顔を歪めて苦しそうな声を出す。それでも口を離さずに舌や唇で刺激されて、小津の気持ちはますます高ぶる一方だ。  こんな綺麗な子にこんな卑猥なことをさせている、それだけでも背徳感を覚えてゾクゾクとする。手を伸ばして髪を撫でるとジュッと強く吸われて腰が痺れた。 「光喜くん、もう」  そっと肩を押して引き離そうとするけれど、彼はいつも頑なに口を離さない。それどころかさらに刺激を強められて、こらえきれないまま口の中へ吐き出してしまった。光喜の喉が上下して自分のものを飲み下したのがわかる。  そして残骸すら綺麗さっぱり舐めとられて、その感触で危うくまた反応しそうになった。しかし平常心を装おうとする小津の気持ちを煽るように、ペロリと唇を舌先で舐めた彼は熱っぽく見つめてくる。 「小津さん先に上がってて」 「え?」 「ベッドで待ってて」 「え?」 「したくなった」 「えっ! いや、それは、その」 「声、出さないようにするから。……駄目?」  再びうろたえた小津にねだるような視線が向けられる。その目に頭の中で思考が駆け巡った。決して壁の薄い家ではない、けれど廊下に音楽が聞こえてくるほどの遮音性だ。静かな空間で声が響く可能性はある。  しかし自分だけいい思いをして恋人にお預けをさせるのはあまりにも非情だ。基本的に光喜は性欲に対して正直だが、無理矢理押しつけてくるタイプではない。疲れている時はそれを察してなにも言わずに寄り添って寝てくれる。  そもそもこの現状は小津のやましさが招いたこと。それを思うと健気に見上げてくる彼を愛したくてたまらなくなる。 「光喜くんのここは我慢できるの?」 「あっ、駄目だよ触っちゃ。ここでされたら声が響いちゃうじゃん」  小津のものを口で奉仕しているあいだに高ぶったのだろう光喜の熱は、触れるとふるりと反応を示す。けれど飛び退くように後退した彼は言い募ろうとする小津に、駄目だと言って距離を置く。 「ゴムとローションは俺の鞄の中にあるから、部屋で待ってて」 「……随分と用意周到だね」 「急にしたくなったら、困るなぁって思って。あっ! でも最初からやる気だったわけじゃないよ」 「まあ、引き金は僕だよね」  慌てたように声を上げた彼は頬を真っ赤に染める。それがひどく可愛くて手を伸ばして引き寄せると、額に優しくキスをした。

ともだちにシェアしよう!