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09【王殺し】

 男は楢の木の下で目を覚ました。  奇妙な声から「王を殺せ」と命令されて渋ったところ、名前と姿を奪うと言われて眩しい光の中で気を失ったことを思い出す。  夢をみたのか?  不思議な声こそもう聞こえてこないが、頭がぼんやりして自分の名前を思い出すことができない。名前の代わりに浮かんでくるのは【王殺し】という言葉だけだった。  疲れと孤独でおかしくなっているのかもしれない。とりあえずもう少しだけ薪を拾って小屋に帰ろう。そしてゆっくり休もう。  立ち上がろうとするが、地面についた両手を離そうとすると体がバランスを崩してしまう。頭だけでなく全身に違和感があった。  ふと視線を落として、男は目を疑った。  なんとそこには見慣れた手足の代わりに黒褐色の毛に覆われた獣の脚があったのだ。 「ヴヴッ」  驚きのあまり声を上げると、喉からは人間の言葉ではなく低い獣のうなり声が飛び出してきた。  一体これは何だ? 慌てて右手、いや今の外見では右の前脚にあたるものを持ち上げ顔を触ると、顔も脚と同じように分厚い毛に覆われていた。  あの声の「姿を奪う」という言葉を思い出し、居ても立ってもいられなくなった。すぐにでも自分の姿を確かめなければ。  幸いこの森のことは知りつくしている、ここから少し離れた場所に集落の人々が灌漑に使うための小さなため池があったはずだ。  二本の足で立つことはできないが、焦る心がそのまま四本の脚に伝わったようだった。信じられないような速さで脚は地面を蹴り、風のように走る。  もともと男は大きな体に似合わぬ俊足だったが、人間の姿で二本の足で走るのとは比べ物にならない速さに恐怖を覚えると同時に妙な爽快感が湧きあがってきた。  普段ならば走ってもしばらくかかるところ、あっという間にたどり着いたため池で、水面におそるおそる顔を映してみる。  そこには、獣の姿があった。  毛並みの整わない黒褐色の毛が全身を覆っている。ギザギザとした凶暴な牙はところどころ口の中に収まりきれず飛び出している。かろうじて灰色の瞳だけがわずかに人間の姿の面影を残しているだろうか。  全体の姿形は犬と呼ぶには大きく、狼と呼ぶほど美しくもない。耳は熊のように小さく、しかし尾はアンバランスなほど大きくふさふさとしていた。  声を出そうとすれば喉からは低いうなり声。そしてまだ鳴くことに慣れない口からぼたぼたとよだれが垂れ、その水紋が水に映る異形をさらに歪ませた。

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