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31【王殺し】

 たくさんの人々が遠慮のかけらもなく【少年王】の部屋に入ってくる。  こんな場所に獣が潜んでいることは決してばれてはならないと思い【王殺し】は寝台の下で床に腹をつけ、息を殺して様子をうかがった。 「おはようございます、陛下」 「よく眠れましたか?」  口々にかけられる挨拶の言葉に対して【少年王】の返事は聞こえてこない。  決して口数が多いわけではないが【王殺し】には盛んに声をかけ、朗らかに笑っていたのが嘘のように、彼は黙り込んでいるようだった。  ばたばたとせわしない足音と、繰り返し聞こえてくるのは、ざあっと水の流れる音。森を抜けて以降こんな風な音を聞いたことがあっただろうか。何しろ人々の話によればもう百日も雨は降っておらず、今や国中が干ばつに苦しんでいるのだ。  そういえば昨晩与えられた甘く汁気の多い果実だって、【王殺し】がここ最近通り抜けてきた街の市場ではほとんど見かけることがなくなっていた。  あの宝石や豪華な衣装といい水や食べ物といい、庶民がどのような暮らしをしていようと「あるところにはある」ものなのだと、【王殺し】は街中で庶民の男が【少年王】について愚痴をこぼしていた気持ちをはじめてわずかながら理解した。  外が明るいので目を凝らせば白いシーツ越しにうっすらと部屋の中の様子を見ることもできそうだ。【王殺し】が暗い灰色の目を細めると、部屋の中にある大きな浴槽に、運ばれてきた桶からどんどん湯が注ぎ込まれていくところだった。先ほどから聞こえてくる水の音は、これだったのだ。  そして【少年王】はたくさんの人に囲まれながらも、まるでこの世で一人きりでいるかのような暗く不安げな顔で、浴槽の方をぼんやりと眺めている。 「さあ、お湯の用意ができました。お召し物をお脱ぎください」  女官が声をかけて【少年王】に手を伸ばす。そこでふと、彼の着ている寝巻きに咎めるような視線を落とした、 「あら、陛下。お召し物に泥がついていますわ。一体どこで……」  【王殺し】はおののいた。長い旅をして、水浴びのひとつもしていない自分の体がこびりついた泥で汚れていたのはわかっている。暗闇の中だから気づかなかったが、汚れた獣に触れ、寄り添って眠った【少年王】の寝巻きに泥がついてしまっていたのだろう。

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