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3 闇夜

「雅也、来なさい」  その晩、雅也は岩代家の屋敷の自室にいた。戸の外から父に声を掛けられ、とっさに机の上に出していたものを引き出しに隠した。 「どうして」 「良いから来なさい」  父の声は焦っているようにも聞こえた。  雅也は仕方なく立ち上がる。ここ数日で集めた、引き出しの中の地図や電車の時刻表を誰も見つけないことを祈りつつ。  父は雅也の手首を掴むと、引きずるように廊下を歩かせる。どこへ行くのだろう。南へ続く渡り廊下を抜けて連れられた先は、それまで踏み入れたことのない卯月家の屋敷だった。  障子を開けた先に、十数人の姿がある。そこには、卯月家の当主、豪田家の女当主、藤堂家の当主をはじめとする、この屋敷での権力者である大人たちが集まっていた。  その中に、異質なものがある。使用人の那智と、あの伊吹真冬だ。雅也は心臓がどくりと脈打つのを感じた。 「岩代雅也だな。座れ」  卯月家の当主である総介(そうすけ)が固い声音で話す。雅也はすぐに命令を受け入れることができなかった。だが、父に目配せされ、その場で腰を下ろした。 「那智から聞いた。数ヶ月前、巡査に伊吹家への処遇を密告しただけではない。今度は他所から来た少年と計画を立てて、伊吹真冬を誘拐しようとしていると。真実をありのままに話せ」  卯月総介に向かい側で命令され、雅也は必死で言葉を紡ごうとする。 「俺は、伊吹さんが自由になりたがっている と涼から聞いた。伊吹さんを助けたい。そう心から思ったんだ。誘拐なんてしない。……できるはずもない」 「では、お前はどう思っているのだ」  卯月総介は、真冬を視界に入れる。真冬は 先ほどから小刻みに震えながら、ずっと俯いていた。 「私は、一人でいるのが好きです。涼のことは嫌いではないけれど、付きまとったり、悪口を言ったりしてくるのが辛くて……。岩代くんも似たようなものです」  真冬は蚊の鳴くような声で、だが、はっきりとそう言った。  死刑宣告が下された瞬間だった。 「那智。よそ者はこの町に必要ない。処分しろ」 「分かりました」  卯月総介と那智のやりとりが雅也には遠く聞こえる。  自分もきっと、今日中に殺されるのだろう。生(せい)に未練はない。そのはずだったのに、雅也は気がつくと涙を流していた。 「……殺さないで」  頭(こうべ)を垂れ、惨めな生(せい)を懇願する。  その場にいる者全てから嘲笑を向けられるが、今の自分にできるのは、それしかなかった。    雅也は、使用人の二人の男に両脇を掴まれた状態で岩代家の屋敷に連れていかれた。  待っていてほしかった男がその一室にいた。使用人たちは雅也から離れ、部屋を出て行った。雅也は思わず秋生の胸に飛び込む。 「兄さん。怪我はない?」 「ああ」  秋生は雅也を責めず、しっかりと抱きしめた。温かな腕の中にいると、なぜだかほっとして涙が出そうになる。 「やっと分かった? 伊吹真冬はそういう女なんだよ」  だが、次の瞬間、秋生が口にしたのは雅也を傷つけるものだった。  ショックを受ける雅也の唇に、秋生が割って入る。 「ん……」  舌を絡められ、伸びた唾液の糸がすぐに切れる。  弟に犯されている場合ではない。  涼を助けに行かなければ。  理性では分かっているのに、雅也は秋生を受け入れることしかできなかった。快楽に馴れた体が離れたがらないのもある。だが、それ以上に、今、秋生を置いていってしまったら、二度と彼の心の奥底に触れることができないのではないと思う自分がいた。 「ん、あ、あ……」  秋生を救いたい。  それなのに、方法が分からない。  雅也の喘ぐ声は深夜を過ぎても続いた。
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