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第3話 歓迎

HOTEL(ホテル) UNIQUE(ユニック)』で働き始めて早一ヶ月。元々シフト制の勤務をしていたこともあり、新しい職場環境にもたいぶ慣れてきた。 「リュウさん、そろそろアメニティ補充しといたほうが良さそうです」 「あ、ほんと。気づかなかったわ。楓さーん! シャンプーとローション追加で注文していいっすか?」  いいよー、と脳天気な声が奥のデスクから聞こえ、律は手元の発注票に個数を書き込んだ。 「ほんとお前、真面目だよなぁ。たまには手ぇ抜かねぇと、息切れすっぞ」 「リュウさんは手を抜き過ぎですけどね」 「たしかに」  ゲラゲラと豪快にリュウが笑う。ライオンみたいな奴と言われていたリュウのことはひと目見てわかった。チリチリの金色の髪が、たてがみみたいにいつもなびいている。裏表のない性格で、こちらとしてもだいぶやりやすい。 「リュウさん、あと自販機の蛍光灯切れかかってました。それも業者に電話しておいていいですか」 「お、いいよ。よろしくー」 「それに来月のシフトですけど、俺いつでもいいんで、手薄なところにバンバン入れちゃってください」 「おー、助かる。つーか、お前、シフト組んでみる? わかんないとこあったら教えるから」 「わかりました」 「ちょっと、リュウ君! りっちゃんを使わないの!」 「はー? 言いがかりなんですけどぉ」  わいわいと騒がしいリュウたちを見て小さく笑いつつ、たまっている雑用を片付けてゆく。千尋のおかけで……というか、千尋のせいで、最近はりっちゃんと呼ばれることが多くなった。 「りっちゃんも、あんまりリュウ君を甘やかしたらだめよ! すぐつけあがるんだから!」 「その言い方! 別に俺、甘やかされてねぇよなぁ、律ー?」 「そうっすね」 「ほぉらぁ」 「りっちゃんは優しいのよ!」 「いえ、優しいのは佐藤さんなんで」 「あら、……りっちゃん」 「おっまえ、一人で株を上げてんなよ!」  くるくると表情を変えるリュウを見て、疲れねぇのかなと、律は疑問に思った。こちらとしては、本当に甘やかしているつもりも、株を上げるつもりもさらさらない。自分のできる範囲でやるべきことを淡々とこなしたいだけだ。余計なことは考えず、目の前のものだけを視界に入れて、黙々と処理してゆく。機械になれたらいいのに、とこういう時によく思う。 「はいはーい。みんな聞いてー。来週、律の歓迎会をしまーす。遅くなってごめんね」  伝票を書き終えたころ、座っている律の肩を揉みながら千尋が笑って言った。 「え」 「りっちゃん、何がいい? 焼肉? フレンチ? それとも普通に居酒屋がいい?」 「や、俺はそういうのいいっす」 「そう言うと思った。でも、だめ」  千尋の指の力が思ったよりも強く、その男らしさに胸がざわついて落ち着かない。前から思っていたが、この男はスキンシップが多過ぎるのだ。 「そうだぞ、律。主役が来ねぇとかないから、マジで。あ、もしかして遠慮してる? 大丈夫だって、どうせ支払いは楓さんのポケットマネーからだし。あと、俺、焼肉に一票」 「アンタの希望聞いてどうすんの。図々しい!」  パートのおばさんたちからすぐさま突っ込みが入り、律は苦笑いをこぼす。 「なんだよ。佐藤さんら、最近俺に風当たり強くない? それこそ律には甘々なくせしてさぁ」 「りっちゃんは可愛いからいいのよ。ね、りっちゃん」 「これのどこが!? すっげぇ無愛想ですけど!?」  リュウの人差し指が目の前まできて、思わず顔を歪めた。目くじらをたてなくても、おばさんたちの可愛いなんて、犬が可愛いだの、猫が可愛いだの、そんなレベルと同等だ。 「律は無愛想なのが可愛いんでしょ。ねー、りっちゃん」  千尋も悪ノリをし始めるものだから、律はぎょっとして男を見上げた。 「あー! 楓さんまで!」 「だって可愛いもん。な、律」  千尋の低い声が耳元で弾ける。冗談だとわかっているのにだんだんと熱くなる頬が鬱陶しくて、律はおざなりな声を出した。 「ふざけ過ぎです、楓さん」 「ほら、リュウのせいで怒られただろー」 「俺、関係ないっすよね!?」 「で? 可愛い可愛いりっちゃんは何食べたい?」  耳たぶに千尋の唇から吐き出される息がかかる。 「……やっ」  ぞわっと全身が粟立ち、変な声が出てしまった。驚いた様子で千尋が「や?」と顔を覗き込んでくる。 「……や、焼肉」  よっしゃあ、とリュウがガッツポーズを掲げた。 「律、本当に焼肉でいいの? リュウに気ぃ遣ってない?」 「遣ってないです! めちゃくちゃタン塩が食べたいんですよ! ていうか、もういいでしょう……離してください!」  だいたい歓迎会を開けなんて誰も頼んでいないのに……。律はお節介な男をぎろりと睨みつけ、肩にかかっていた腕を思い切り振り払った。 「タン塩ね、オッケー」  千尋はずっと笑っていたけれども、面白いだなんて一ミリだって思えるはずがない。
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