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第6話 失恋

「りっちゃんは頑張ったね」 「……何も頑張ってねぇし」 「頑張ったよ、とっても偉い」  涙がこぼれそうになり、慌てて新しい缶ビールを開けた。半分ほど空にして、伏し目がちに言う。 「なんでそんなにUNIQUEの人たちは優しいんですか」  千尋も、パートのみんなも。 「俺が優しいかは置いといて、たぶん律が頑張ってるから、ついつい構いたくなるんだよ」  火でトロトロに煮詰めた苺のジャムみたいに、千尋の笑顔は甘酸っぱい思いを律に抱かせた。先ほど奪った千尋の煙草をテーブルの上で転がし、ぽつりとつぶやく。 「だから頑張ってません」 「ははっ、頑固だなぁ」 「……俺は、もっとちゃんと役に立ちたいです」  口からするりと出た言葉に律自身が驚いた。 「今でも十分役に立ってるよ」  そうかもしれないけれど、何かが違う。けらけらと笑われ、どうしようもなく切なくなった。手持ち無沙汰に煙草を転がしていると、千尋がひょいと持ち上げる。そうして今度は止める隙もなく、すばやく煙草に火をつける。ふう、と煙を顔に吐き出され、少しだけ咳き込んでしまった。 「どう? 今でも振られた上司を思い出す? 胸が痛い?」 「全然」 「りっちゃんの嘘つきー。今、寝バックの思い出が蘇ってんだろ?」  なんて奴だと思いながら、ふいと顔を逸らす。ごめんごめん、そんな軽い台詞ですべてが許されるとわかっているから、なおさら腹が立つ。 「もう恋はしないの?」 「しないっていうか……少なくとも、社内恋愛はもうしません」  自分に言い聞かせるように宣言すると、千尋はゆっくりと律の髪を梳いた。そんなふうに気安く愛嬌を振りまくから、女子大生にも傷心中のゲイにも気を持たれるんだと説教してやりたかった。でも、どうにもこうにも口がうまく回らない。急にアルコールが体内をぐるぐる回り始めた気がした。 「そうか、律は社内恋愛をしないのかぁ」 「そうです。……しない。あんな思いは……二度と嫌だ……」 「うんうん。そうだね」 「わかってるんですか、俺は本当にそう思ってるんです」 「痛いほどよくわかってるよ」  ゆっくりと千尋の大きな手が往復する。そんなふうに優しくしないでくれ。気持ちよくて、切なくて、たまらない。とうとう右目から、大きな涙がこぼれ落ちる。 「わかってねぇよ……かえでさんは、……全然わかって、ない」 「飲ませすぎたな。ごめんね、律」 「なんでアンタが謝るんですか。俺は――」 「はーい、もうおしまい」  ビールの缶を手から奪われ、睨みつけているうちに、強烈な睡魔が襲ってきた。自分が酔っ払っていることを意識して、深呼吸を繰り返す。 「律は何も悪くないよ。頑張った頑張った」  悲しいのか嬉しいのか、それすらもわからない。涙はずっと流れていた。涙腺がぶっ壊れたのかもしれない。 「かえで、さ……帰るなよ」  自分の言葉とは思えない。でも、千尋が帰る素振りを見せるなら、大暴れしてやると危ないことを考えている。 「ずっといるよ。大丈夫」 「俺、社内恋愛は……しない。しない、から……」  間違ってもアンタを好きになったりしない。だから、ここにいて欲しい。 「わかったわかった。もうおやすみ。りっちゃん」  大きな手のひらと低い声。律は千尋の指先に自分のそれを絡めると、安心して意識を手放していた。  次の日、目が覚めると千尋はいなかった。  盛大なため息が漏れる。どうして昨日の夜、あんなにもさらけ出してしまったのだろうか。いや、でも、振られた相手が男だとは言ってないし、ゲイだということはバレていないはずだ。 「あー……何やってんだ、俺は」  律は一人きりの部屋で頭を抱えた。  だって、千尋が本音を言うから。自分だけに寂しい顔を見せるから。  言い訳をこねくり回して、ベッドから立ち上がる。  あの人は、いったいどこで寝たのだろう。それとも律をベッドに運んで、早々と帰ったのだろうか。それはそれで癪に障る。  空き缶も食べ散らかしたツマミも煙草の吸い殻も、全部綺麗になっていた。もしかしたら昨日の出来事は酔っ払いが見た夢だったのではないかと都合のいい解釈をし始めた時、机に置かれたメモを発見して律は文字通り膝から崩れ落ちた。 『おはよう。気持ちよく寝てるみたいだから先に行くね。鍵はポストに入れておきます。  追伸 泣きながら怒って眠る子を初めて見ました。可愛いかったよ、律』

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