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第1話  一日目     10/10

 匡伸(まさのぶ)はわりと信心深い方だと思う。  借りたアパートにはちゃんと神棚があるし、毎朝お供物をして手を合わせている。  祖母の習慣を子どもの頃から真似していたら、今もこうして神棚の前に立つようになった。  手を合わせ参っていると、遠くで伸びやかに鶯の鳴く事がする。 (祓へ給へ 清め給え 守り給へ 幸へ給へ) 「それじゃ行って来ます」  手を合わせた後、リュックを背負って仕事に向かう。  特殊な事情を抱えた子ども達の学習指導が、匡伸の仕事である。  今日も十一時から、受け持っている子の家に行く。 (ゆずる君は、今日は元気かなぁ)  生徒の顔を思い浮かべながら、玄関の鍵を開けてドアを開く。  サビ臭く重いドアが、勢いよく外から引っ張られ、誰かが玄関に入って来る。 「うわっ!!!!!」  匡伸は驚いて短く悲鳴をあげる。  瞬間、腹に熱い痛みが走る。  皮膚を突き破り、内臓が引き裂かれる感覚がする。 「はっ、かっ……」  息をしようとすると、傷が鋭く痛んで声も出せない。 「がはっ……」  ぐるぐると胃から何かがこみ上げて、吐いてしまう。 「おえっ、えっ、はっ……」  急激に体から力が抜けて行く。  かすむ視界には、灰色のコンクリートに飛び散る濁った赤色が見える。 (これ、俺の血か……まじか……)  見下ろした腹から黒い何かが飛び出ている。  それは包丁の柄だった。 (いたい……いたい……おれ、しぬのか……)  玄関の段差に転ぶようにして、後ろに激しく倒れる。  視界が目の端から狭く暗くなっていくのは、死にかけているせいだろうか。  体の末端から冷たくなっていくのを感じる。  突然の事で、なんだか他人事のように感じる。 (だれ……だ……)  目を動かして、刺した相手を見ようとした。  けど、視界が狭くなり赤や青に明滅する目ではよく見えなかった。    匡伸の体から痛みは遠のき、明かりを落とすように気を失った。 つづく

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