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First hirose
まるでそこにいるのが当然のように男はいた。雨が降ったら必ずいつかは晴れるように、夜が来ても必ず次は朝が来るように。
男のことを、凪間芳 は名前で呼んだ。しかし、呼ぶ度に迷いなく口にしているはずのそれは、毎回口の中で炭酸の泡のように弾けて消える。男にはしっかりと触れることができるというのに。
初めて彼を見たのは、勤めている書店でレジに立っていた時だった。田舎の名前もよく知られていない小規模な書店なので、客もほとんどない。
芳はレジでお気に入りの推理小説を読みながら暇を持て余していたのだが、ちりんと一つ、涼やかなドアベルが鳴った。客の来店を知らせる合図だ。
「いらっしゃいま……」
気の抜けた声であいさつをしかけた芳は、顔を上げてその客を見た途端に動きを止めた。見覚えがあったわけではない。特別美男子だったわけでもない。ただ、その男を見た瞬間に、何故かまた会うに違いないと確信した。
「………」
男がスーツのネクタイを整えながら、芳の方を見てにこりと笑い、何かを伝えてくるのだが、口の動きしか分からない。まさか声が出せないのかと思い、男の方に近づいて行こうとした時だった。
きんと高い耳鳴りのような音が鳴り響き、世界は暗転していった。
それが男との最初の出会いだった。
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