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アナザーカントリー2

 さて、下五年生になった僕たちには、もうひとつ話題があった。堅信礼(コンファメーション)だ。  英国国教会では、大抵の人は出生時に洗礼を受けるが、それとは別に、思春期くらい、自分で物事を考えられる年齢になってから、堅信礼という儀式を行う。コンファメーションの言葉どおり、信仰の確認だ。  私立の英国国教会系である僕の学校では、学校に付属する教会で堅信礼を受けることができる。来年の復活祭での堅信礼に向けての勉強会も、宗教学の先生がしてくれる。  もうすでに堅信礼を行った生徒も、堅信礼をしない宗派の生徒も、一部には海外からの留学生などでクリスチャンではない生徒もいたが、比較的十四歳という僕らの年齢には希望者が多かった。これをこなして真っ当な大人の英国人という意識が、まだまだこの国の人間にはあるのだ。 「タケは堅信礼は受けないの?」  リチャードが僕のドイツ作文を直したものを渡しながら聞いてきた。彼は地元の教会で、すでに堅信礼は済ませているという。 「うん、別に僕はクリスチャンでもないからね」 「日本ってなんだっけ。仏教?」 「仏教も神道もキリスト教もあるけれど、……僕個人としては、特定の宗教には属していない」  この問いが苦手な日本人は多いと思う。うっかり余計なことを言ってしまうと、人間関係も悪くなるのが厄介なところだと僕はこの数年で学んだ。 「君は無神論者(アテイスト)なの?」  一般的にこの国の人は、違う神を抱くことには寛容だが、神がまったくいないという発言には嫌悪感を見せることが多いように思う。リチャードも少し眉をひそめていた。 「たぶん、僕の考えでは、この世界には神は存在するかしないか、僕の能力では計り知れないんだと思ってる」 「つまり君は神を信じていないんだね」 「確かに僕は、神を信じてはいない。一方で僕は、神がいないことも信じていないから、無神論者ではないようにも思う」 「神を信じないのなら、無神論者だろ」  僕はしばらく沈黙した。こういう話題は、ただでさえ繊細で、僕の英語力では上手く伝えられなかった。一方で、同じ国の人間であったとしても、このような話題は、そもそも話す人が信じていること以外、受け入れられるものではないのかもしれないと大人になった今は思っている。みんな最初から、自分の正解があるのだ。僕自身もそうだったが。  日本語で日本人に同じ話をしても、日本の無神論者からはおおむね、「神が存在しないことも信じていない」と僕が言った時点で、僕は宗教に味方しているというように思われる。今だってそうだ。僕はただ、わからないことはわからないと言っただけだったのに。

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