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アナザーカントリー3

「どちらでもない、というのは、そんなに悪いことなんだろうか?」  図書室からの帰り道。木立の間の夜露に濡れた落ち葉を踏みしめながら、僕はクリスと寮への道を歩いていた。リチャードは僕たちと同じハートフォード(ハウス)ではないので、違う方向に帰ったあとだった。  別に、クリスならわかってくれると思って言ったわけではない。クリスだってクリスチャンだからと言って僕の口づけを拒否したのだから。  それでも僕は少し落ち込んでいて、誰かに話したかったのだ。 「君はまったくマックス・デミアンなんだ」  ため息をついてクリスが言った。 「誰?」 「ヘルマン・ヘッセの『デミアン』だよ。図書室にあったから、読んだらいいよ。英語の勉強にもなるし、原文だったらドイツ語の勉強にもなるしね。  主人公シンクレールは、子どものころから信仰や温かい家庭といった聖なる世界と、不良や不信心、刑務所や醜聞などといった悪なる世界があることを感じている。そして、転校生のデミアン……つまり、悪魔、デーモンという意味だけれど、少年から、新しい聖書の理解を聞き、神的なものと悪魔的なものを融合する神を探し、世界の本当の姿を探していく。  君は僕にとってはまったくこのマックス・デミアンのような存在なのではないかと思う時があるよ……。僕の中にも聖なる世界と悪なる世界がある。だけど僕はどうしても自分の中の悪なる世界を許すことはできない。それなのに君は、いつでもそちらに世界の本当の姿があるような態度で、僕を誘っている」  クリスが立ち止まって射るような眼差しで僕を見た。アングロサクソン系の彼と僕とでは、この数年ですっかり身長差ができてしまって、僕は視線を上げた。すぐ近くの碧眼と目が合った。 「僕はただの日本人だ。僕は、君を、……誘惑、していないよ」  本を読んでいない僕は、悪魔と呼ばれて少々不満だった。君と違う価値観や、宗教観を持つのは外国人としては極めて自然だ、そういった意味で伝えたつもりだった。  彼が一歩踏み出して、後退した僕の背中が湿った木にぶつかる。追いつめられて、鋭い眼差しにドキドキした。 「……してるよ」  クリスが囁く。彼のてのひらがそっと、僕の首元に触れた。眼差しに押されて目を伏せる。 「タケル……僕の美しい悪魔(デーミアン)……」  彼の親指が僕の唇を撫でた。  目を閉じていると、まるでキスと変わらない感触に、僕は思わず唾を飲み込んだ。全身が粟立つ。  ……クリスにキスしたい。  初めて彼のところに行った時以来、僕たちはふたたびキスすることはなかったが、彼は時々こんな風に触れてきた。  そのたびに僕には欲望が生まれて、僕は戸惑ってしまう。  僕は彼の気持ちを尊重したいのに。

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