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29 溜め息が似合わない

29 溜め息が似合わない  ボールを数回床にたたきつけ、手に吸い付け、ゴールのネットを揺らす。 「はあ……っ」  汗が流れている間は、ちゃんとバスケに集中できる。  近隣の大学とのただの交流試合。そう必死にやることはないだろう、という視線は味方も敵も浴びせてくる。 「すげえ……あいつ一人で何点決めんだよ」 「なんであんなピリピリしてんだ」  バスケが好きなんだと、そう思い込んでいた。  先輩が笑うから好きなだけだった。俺がシュートを決めると先輩もうれしそうに跳び上がって、ハイタッチできるあの瞬間が好きなだけだった。  彼は今、この体育館にいない。  大学に入ってバスケを辞めたわたる先輩だが、試合があれば必ず応援に来てくれたのに。いない。ギャラリーが何人いようが、彼がいないのだから誰もいないのと同じだ。 「クソッ……!」  圧倒的な点差で勝っても、こんなに虚しいことがあるか。俺は心の中に溜まった暗いものを吐き出す代わりに、ボールをネットにぶち込んだ。 *** 「溜め息が似合わない男ナンバーワン」 「は?」  体育館を出ると、部員たちのタオルを持ったマネージャーが突っ立っていた。  澤野に八つ当たりしても仕方がない。わかっているのに、脅すような低い声が出た。  かつてわたる先輩を思いながら、「黒髪ショートで地味な服装が好き」と言った事を後悔している。  澤野はわたる先輩に似ても似つかないのに、いまだにその風貌をやめない。イライラする。別段嫌いではなかった彼女を嫌いになりそうだ。 「あんた、最近変。みんな怖がってるよ」 「……悪い」 「何かあったの? あ、言っとくけど私、もう桜崎のこと好きじゃないから。元気がないところに付け込んでどうこうとか思ってないから」  じゃあなんで髪伸ばさないんだよ。服、派手な色が好きじゃなかったのかよ。 「勘違いしないで。この格好、単に楽だから気に入ってるだけ」  思っていたことが口に出ていたのか、それか、女の勘というやつで見破られてしまったか。  自分の情けなさにめまいがする。俺は無関係の女子に気を遣わせるほど余裕がないらしい。  この大学はいたるところにベンチがある。いつでもどこでも座ることができて便利だが、わたる先輩と並んで座った高校の裏門のベンチと、そこで飲んだグレープソーダの味を超えるものはない。 「好きな人がさ、いなくなった」 「……私を振った時の、男の?」 「うん。連絡もつかない。就活課の柳ってやつに連れて行かれた」 「ええ……男だけで修羅場ってんの? 未知の世界なんですけど……」  澤野に茶化すつもりはおそらくない。本当に心から思ったことを言っている。  彼女はもともとと男勝りな性格だが、ボーイッシュな格好をしだした頃から特に遠慮がないように思う。  ベンチに隣り合って座っていても、体を押し付けてきたり密着してきたりしない。本当に俺のことを諦めてくれたんだと分かって、その上で俺の助けになろうとしてくれる事を思うと、妙に頼もしかった。 「わたるって人、四回生なんでしょ。就職を機に遠くの街にでも」 「違う! 先輩は就活終わってない。内定は一つもない……! ああもう会いたくて、気が狂いそうだ……!」  先日会った彼の弟も、先輩の居場所を知らないようだった。わたる先輩に兄と弟がいる事は聞いていたが、顔も名前も知らなかったし、何より俺は彼の家に行ったことがない。当然、場所も知らない。  友人としてご家族に挨拶したいと、高校のころから何度か頼んだが、いつも複雑そうな顔で「ごめんね」と言われるばかりだった。わたる先輩がいなくなって改めて、俺は彼のことを結構知っている気でいたけれど、知らないことが多いと気づいた。  先輩がいなくなったこと。  先輩に関して、知らないことがあること。  二重の苦しみに締め付けられる。バスケなりなんなりで体を動かしていないと、その苦しみを振り払うことができないでいる。 「うちの就活課使ってたんだよね?」 「ああ……」 「柳さんが担当だったとか?」 「ああそうだよ、それがなんだよ!」  澤野は「うーん……」髪をガシガシ掻きながら迷うそぶりを見せ「まあ、いいか」ベンチから立ち上がる。 「これ、他の人には言ってほしくないんだけど」 「え……?」 「うちの父、ここの就活課の職員で……まあ、結構偉い立場なんだよね」 「え!?」  自分が就活の時にズルしたって思われたくないから、人に言いたくなかった――――早口でそう告げる澤野と俺は、さっそく就活課に向かって足を動かしていた。 「ま、柳について話くらい聞けるんじゃない」 「澤野……」 「きもっ! 泣くんじゃねーよ、しっかりしな」  ありがとうの声は、背中を思いっきり叩かれたせいで途切れてしまった。 「幸せな顔してくれないと、私が次に進めないでしょ」

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