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最終話 僕たちが離れるまで

 こんな始まりだった  あの日から彼はとても不安定になっていた。 自我を取り戻すきっかけはいつも、俺のカラダに無数に浮かんだ赤い線。 揉み合いに負けた痣の腕を伸ばして、泣き止まない彼の髪を指で透いた。 こんな腕で彼に触れる自分が本当は嫌だった。 彼が感じる苦しみは、自分の苦しみでもあるから。 「お前はちゃんと愛されている もちろん俺もお前の事を愛している         きっと俺も同じようにだ 変わらない 」  そう、言う事が出来たら楽なのに……  カラダを傷め付けるのは、心の傷を見えるようにしたいから。 お前は俺をキズ付けながら、自分をキズ付けている。  彼の胸には物心つく前に出来ていた 小さなキズ痕があった。  別々の姓を名乗っている俺たちの誕生日は、一日違い。 それはたった数分の違い。 そこにどんな事が隠れているのか、誰に教えてもらわなくても自分たちで気付いていた。    ”そっとしておいて欲しかった……”     彼はどの部分にそう言ったのだろう…… 「運命って簡単に変えられちゃうんだって、目の当たりにした気分だったよ けれどね、親を恨んじゃいけないよ ちゃんといい子に育ってるじゃないか おじさんは安心したよ」  葬儀で親戚一同が集まった日。 その日の葬儀が終了し、広間での食事にあり付き腹も満たした所で、酒の席のうるさい大人たちから逃れる為に俺とヒオリは給湯室にいた。  こんな集まりによく感じる俺とヒオリの両親の奇妙な雰囲気にも落ち着かず、そのそばにいるのも苦痛に感じたせいもある。 そこで退屈しのぎに、ふたりで汚れたコップを洗っているところだった。  こんな事があってやっと姿を見せるような、俺の父親からは”おじさん”と呼ばれていた初老の男が、水を飲みにふらりと給湯室に入って来た。  トイレの後にここに寄ったのか、ズボンのファスナーを弄りながらチカラの抜けた表情をしていて一目で酒に酔っていると分かった。  父はその男を”おじさん”と呼んでいて、俺たちは名前を知らなかった。 その名前の分からない”おじさん”は俺たちを見て      「おっ 偉いな…どれお小遣いをあげよう……あっと……上着の中だった」  もらい損ねた小遣いに消沈する事はなかったが、蛇口まで来た”おじさん”の為に俺たちは端に寄り、彼がここから出て行くのを視線を合わさずに黙って待っていた。 ちょっとでも愛想を見せると、つまらない長話に付き合う事になると予感がしたからだ。  酔ったオトナが苦手だからここにいるのに。       泡が付いたコップがなければ、ここから今すぐ出て行きたいくらいだった。 出て行けば良かったと今になって思う。  二杯目の水のコップを持ちながら、”おじさん”は緩み切った顔で俺たちを交互に上から下にと眺めたあと 「カオリちゃんもよく許したよ ま、仕方ないかあの時――」  いつまでもここから出て行かず、急におかしな話を始めた”おじさん”よりも先に給湯室から出て行ったのはヒオリだった。  ”カオリちゃん”とは、ヒオリの母親の事だ。 「ヒオリ……待って」  誰も恨んでない 俺たちは望まれて生まれた  ”俺たち”の誕生は喜ばれた事だ   それを素直に受け入れようよ  ねえ…… ……………  俺はそう思ってるよヒオリ  本当だよ ヒオリ  ウソじゃないって  どうしてお前が泣くんだよ 本当に何でもないって  だって  だって?  悔しくない?……  本当は俺たち……  俺たちは声を出さないまま会話をする事が出来た。 本当の所、自分のただの思い込みや妄想なのかもしれない。 けれど時々こんなふうに頭の中に声が入って来る、そんなことがあった。 これを誰かに分かるように説明する方が難しい。 「死ねやクソジジイ!!」 「ヒオリ……」  ヒオリは自分の心臓を握るように胸に拳を作りながら、誰もいない控室の壁を蹴り叫んだ。  大人の前では、何にも知らないこどもを演じる。 そんなこどもに俺たちはなって行き。 けれど上辺だけの付き合いで済む大人からの好奇の目に、こどもだった俺たちは簡単にキズ付けられていた。  そのキズを分かってなめ合うのはお互いしかいない。 けれどそのキズは誰にも見えないキズ。 それを誰にも気付かれずに、そっとしまっておきたかったのに 触れないでほしかったのに  時々彼の イタイ イタイ 苦しい 苦しい  と言ってる声が  聞こえる夜がある 「やだ!やめろって ヒオリ!!」  なんでそんなに怒ってるんだよ 「痛い!やだ!」  お前は何が気に入らないんだ 「……クッ…… ャだ……って……」  やだ……やだよ ユカリ……  なにが?    ……お前は悔しいと思わないの?  ……………     「あのままが良かった  そっとしておいて欲しかった………」 ああ…… そうだね……  自分たちに触っていいのは 自分たちだけ……  本当はボロボロになっても お前の気の済むまで 俺はおとなしくしていようかとも思った。 けど きっと……そうしてしまったら 俺たちはもっと堕ちて行く。 お前はあの天使の絵が好きなのではなく、お前が天使になりたかったんだろう?  どこかに行こうとしている片割れを離さない  絶対に離さない…… 一緒にいてって……  母の胎内から明けた時の記憶はもうすっかりないけれど その時に出来てしまった別れに心細さを感じるなら  お前が俺の中にお入り そして俺の中にシルシを残すといい それでお前が安心するなら 前を向けるなら そうなるまで俺はお前を包んでいるから  死のそばで 初めて俺たちはカラダをくぐらせた  なんにも知らなかった日々  夜明けをただ一緒に待っていた     外に出たら何して遊ぶ?   まだ早いよ  名前もまだもらってないのに   クスクスクス 僕はもう色々考えてるよ   ……気が早いね   だって……楽しみで仕方ない ((・・・・・・・・・・))  おかあさんの声が聴こえるね  うん 聴こえる  もう少しだね  うん もう少しだ  ここから出ても僕たちは一緒だよね  うん………  離れるまで…    ………やだ離さないよ……  え? クスッ  ずっと一緒に遊ぼう?……  ……………  一緒に……  生まれたときから始まってたんだ  僕たちが離れるまで……    終わり

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