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第11話 「好き」と言うささやきを聴きたくて

「もうかわいくない俺は、嫌いですか」 「いや、好きだ。大好きだ」 片手で引き寄せられた。唇が合わさる。勢いのままにくちづけをしたから、ふたりの歯がぶつかった。 額を合わせ互いに微笑む。 「ああ、すごくうれしいです」 町田が自分の想いに応えてくれた。 喜びが沸き上がってくる。この恋が叶うとは思わなかった。自然と笑みが零れる。 町田を抱きしめて頬をすりよせた。愛犬が飼い主に甘えるような仕草だった。町田は朝比奈の背を撫でる。 肌が触れ合うだけで心が温かくなる。昨日抱き合ったときと感じ方が違う。 ――想いが通じだだけで、こんなに満たされるんだ。 ふと、朝比奈は笑みを消した。 ひとつ、確認したいことがある。 「俺の『好き』は、友達としてではないですよ。それでもいいんですか」 「ああ、わかってる」 町田は表情を曇らせた。 「でも、裸になるのは……困るな」 「大丈夫です、待ってます。おじいちゃんになっても」 町田は笑いながら、朝比奈の唇を指で突いた。 「きみのそういうところが好きなんだ。冗談なのに本音に聞こえてくる」 「本気です」 「ありがとう……」 町田は唇を噛み締めた。泣くのではないかというくらい顔を歪めた。 朝比奈は、町田が口を開くまで待った。 言葉を紡ぐよりも待ったほうがいい。火傷がもとでいやなこともあっただろう。全部聞いて受け止めたい。でも尋ねれば、過去の傷をえぐることになるかもしれない。 町田は息を吐くと、微笑んだ。 「朝比奈くん。もう一回好きって言ってくれないか」 「好きじゃ足りない。愛している」 町田の唇を貪った。舌を絡ませながら、互いに腰を押しつけた。 「焦らなくていいから。俺は、あなたが心を開いてくれるまで待つ」 「うん……ん、うん」 キスに応えながら、町田は懸命に頷いてくれた。 これからは、自分が町田を導いてみせる。心に抱える闇をかき消すくらいの光を当ててやる。 「町田さん。子供のときみたいに、ふたりで書きませんか。今度は俺が支えます」 「うん、書こう」 町田を後ろから抱いて、腿の上に乗せる。 「まずは、『好き』って書きましょう」 半紙を置くとふたりで筆を取った。町田が左手で紙を押さえる。朝比奈は、町田の下腹部に手を置いた。ふたりの腰が沿うように動く。 「あ……あ」 「あれ、感じちゃったんですか」 「そうじゃなくて、僕はひらがなで書きたかった」 「次はひらがなで。声を出して書いて」 「うん。す、き……あ、さっきよりいいね」 一筆、一筆書くごとに、町田は表情を変えた。うまくできたと言って笑い、なんかおかしいと言って眉を寄せる。 その顔は、初めて出会った頃と何も変わっていなかった。 そのひとつのひとつの顔を、朝比奈は瞳に焼きつけようとした。 書くのを町田がためらうならいっしょに書けばいい。そうひらめいたのは早朝だった。断らないでくれと願いながら朝比奈はひとり墨を磨っていた。 言われた通り、声を出しながら町田は書いていく。 「好き」と言うささやきを聴きたくて、同じ言葉を何度も書かせた。 初めは、朝比奈が強い力で町田の躯を動かした。少しずつ町田の腕に勢いが増す。 やがて朝比奈は支えるだけになり、伸びやかに動く町田に身を委ねた。 「もう一回、もう一回しよう、朝比奈くん」 「はい、何度でも」 「ああ、楽しいからやめられないよ」 町田の額には汗が輝いている。拭ってやると振り向いた。 「ありがとう。きみに出会わなければ、こんな気持ちにはならなかった」 「俺も同じです」 唇を合わせると塩辛い汗の味がした。

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