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第6話 私の密かな愉しみ
椅子に座って体を洗いながら、食事をしていた加賀谷さんを思い出していた。味噌汁を飲んで濡れた唇が忘れられない。
彼が口につけた器を、頭の中で、自分の性器に置き換えてみる。加賀谷さんは口が小さいから銜えるだけでも大変だろう。
シャワーを浴びながら、硬くなり始めた自分自身に触れた。
喉仏を上下させて私の先走りを飲み込む彼を想像した。それだけで勃ってしまう。
五日前に、加賀谷さんの入ったあとのこの浴室に、抜け毛が落ちていた。
毛は硬くて波打っていた。
見ただけで欲情した。
毛を指先で弄んだあと、自分の欲望に絡ませて達した。彼と自分の下腹部を擦り合わせているような気分になった。
あの日以来、浴室で抜くという習慣がついてしまった。自慰の前には彼の抜け毛を探す。
残念なことに、今日は何も落ちていなかった。
「ん、寿……ああ」
加賀谷さんの名前を呟いた。中心を弄ると充血して熱を帯びてくる。張り詰めたそこを労わるように撫でた。
彼は私のことを名前で呼んでくれる。
私は未だに、彼を名字にさん付けで呼ぶ。名前で呼んだら、抑えが利かなくなりそうだからだ。
彼の名前を言うときは、自慰にふけるときだ。
『寿』と声に出すだけで躯が熱くなってしまう。こんなに感じるようになってしまっては、もう人前では呼べない。
付き合いはじめた頃、名字の方が呼びやすいと加賀谷さんに言った。本当は堂々と名前で呼びたかったのに、照れくさくて遠慮した。あんなこと言わなければよかったんだ。
そうすれば、もっと早く、私たちは近づけたはずだ。
「寿……ん、ん」
『晴之。晴之……』
彼が私を呼ぶ声を頭の中で反芻させる。キスしたときの声を思い出した。あの、掠れて聞き逃してしまいそうなほどの小さな声で、私を呼んでほしい。
蛇口を閉めずにシャワーヘッドを元に戻した。
私は両手で屹立を扱いた。肩に降りかかる湯が、彼の汗のような気がした。
座っている私の上に跨り、腰を動かす姿を思い浮かべた。
羞恥で頬を赤らめている彼が、私の目の前で喘いでいる。
想像の中の彼は、艶かしい姿になっていく。
おかげで、私はより早く自分の快楽を引き出せるようになった。いまは、めまいがするほど強く興奮してしまう。悦楽が躯を巡っていく。
耐え切れなくなって、足の指を丸めて前かがみになった。
「あ、ああ、ん……」
声が漏れそうになったので手の甲を噛んだ。
粘りのある透明な液体が、私自身からあふれてくる。まだ見たことのない彼の絶頂を思いながら、欲望の先端を擦った。
恍惚に悶える彼の中に射精する瞬間だ。
「ん、ん――」
躯を震わせ達した。熱い白濁が手を伝い、腿が濡れていく。
淫らな強張りが解けて、私は大きく息を吐いた。
ああ、また加賀谷さんを汚してしまった。
快感と同時に、やるせない気持ちが湧き上がってくる。熱が引いたあと、一気に寒気がするくらいの後悔の波に襲われる。
落ち込むくらいならこんなやましいことはやめればいいのに、抑えられない。石鹸で手を洗いながら、心の中で加賀谷さんに何度も謝った。
噛んだところに泡が染みた。
一回でもやれば、すっきりするのか。いや、そんな鬱憤晴らしみたいな抱き方はしたくない。
抱くのなら、壊れ物を扱うようにやさしくしたい。静かな夜に情熱的に抱いて、朝まで彼の髪を撫でていたい。イメージするだけでこんなに気持ちいいのだから、実際に躯を重ねたら極上の体験となるだろう。
理想の初夜は想定しているのに、空回りしまくって空想で幾度も犯してしまった。
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