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第8話 初めて?
テレビを消して、ふたりで手を握ってベッドに座った。加賀谷さんはTシャツにジャージ、私はタオルを巻いたままだ。
「晴之。問題はどちらが身を任せるかだ。つまり、どちらかが相手のものを受け入れなくてはいけないんだ」
頷くと、頬にキスしてくれた。
たったそれだけなのに蕩けてしまいそうだ。
鼓動が早すぎて息がしづらい。心臓が胸を突き破りそうだ。
「初めてなんだろ。俺もそうだから」
「えっ、加賀谷さんも童貞なんですか!?」
私の顔を見たまま、加賀谷さんは固まっている。
「俺は、男は初めてっていう意味で言ったんだ……そうか、晴之は女ともしたことないのか」
私の頬を撫でながら、加賀谷さんは静かに言った。片方の手は私とつないだままだ。
「こんなにかっこいいのに、誰のものにもならなかったのか……きっと、高嶺の花だったんだろうな」
童貞なんて勢いで捨てられるものだと思っていた。でも、初めての尊さを大切にするあまり、性的なことを全て知らずに過ごしてしまった。
気づかれずに初体験を済ませたかったのに、うっかり暴露してしまうなんて何やっているんだろう。
きっと、加賀谷さんは私を変な目で見ている。もう二十五歳なのに、なんにも知らないんだから……。
俯いていると抱き寄せられた。加賀谷さんは気遣うように私の背中を撫でた。
「初めてなら、わからないことばっかりだろ? もどかしくて、つらかったんじゃないか」
ごめんな、と言って加賀谷さんは私の背を軽く叩いた。
みじめだった学生時代が頭をよぎる。
高校では、性体験を済ませたクラスメイトたちが武勇伝のようにいろいろと語っていた。大学では、誰の肌も知らない自分は異星人のような気がした。
誰かとひとつになるなんて、自分には永遠に訪れないとさえ思っていた。
とうとう、好きな人といっしょになれるのか。
そう思うと、涙が出そうになった。
「いいんです。最高の体験をするために耐えてきたんです」
「晴之。初めてっていうのはそんなにいいものじゃないんだ。無理しないで今日は途中までにするか。段階を踏んで少しずつステップアップしよう」
いやだ。こんなチャンス、二度と巡ってこない。
加賀谷さんの両肩を掴んだ。
「大丈夫です。イメージトレーニングはしてきました。頭の中では、私はもう経験済みです」
笑い声を上げて、加賀谷さんは私の頭を撫でた。
「晴之。セックスっていうのは妄想よりずっとすごいんだよ」
セックスだって! さわやかな顔でなんて生々しい言葉を言うんだ、加賀谷さん。
そんなはっきりした用語、私だったら恥ずかしくて口にできない。スケベな人間だって思われてしまうじゃないか。
自然に言うから、加賀谷さんは全く変態には見えない。
加賀谷さんって、性的なことはオブラートに包むような奥ゆかしい人だと思ったのに。あけっぴろげというか、おおらかというか、結構、奔放な人だったんだ。
これが三十男の余裕なのか。きっと、私よりも恋愛方面の知識は豊富で、それなりに経験しているのだろう。
加賀谷さんは、私よりも、ずっと、ずっと大人なんだ。
「もう一回聞くぞ。怖くないか」
加賀谷さんは私の目を見て、返事を待った。
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