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第9話 私の初めてをもらって

「……怖いというより不安です。頭の中で何度も予行演習してきました。でも、わからないことだらけなんです。想像以下の最低の体験になったら、立ち直れないかもしれない」 「そんなに構えるな。相手は俺なんだぞ。いやな思いはさせない。絶対させないからな」 ついばむようなキスを何度もしてくれた。緊張が和らいでくる。 「俺が責任とるから。おまえの初めてを俺にくれ」 『責任』という言葉が胸に広がり、全身に染み渡った。 加賀谷さんは、キスどころか手をつなぐのだって人前ではしようとしない。でも、私がどうしてもしたいとおねだりすると、必ず応えてくれる。 固いところだけではない、やわらかさもある人だ。けじめはつけるけど、惜しみなく愛情を与えてくれる。 甘い雰囲気に流されそうないまだって、私のことを思ってくれる。 いざことに及ぼうというときになって戸惑っている自分は、情けないくらい幼い。そんな私を、加賀谷さんは呆れたりからかったりなんて決してしない。それどころか、私が心を決めるまで待ってくれる。 飛び込もう。彼なら受け止めてくれる。 私を、大人の世界に連れて行ってくれる。 「私の初めてをもらってください」 「ああ」 いつもと違う、少し掠れた甘い声だった。 とうとう、彼と躯をつなげることができる。 想像での出来事が今夜、現実になる。 加賀谷さんを見つめ返していると躯の奥底に温もりが沸き起こった。私は火照りをやり過ごそうと息を吐いた。 これから、私たちは極上の関係を築くんだ。夏の太陽よりも、冬の暖炉よりも、燃え盛る夜が待っている。こんな微熱はかわいいものだ。いま、ときめいてたら、躯が持たない。 「晴之、鼻息が荒いぞ」 「なんか、いろいろ考えたら気合が入ってきました。加賀谷さん、全力でがんばります」 「ちょっと落ち着こうか。ほら、深呼吸して。無理な力が入ったら怪我しちゃうから。吸って、吐いてー」 息を整えながら、私は加賀谷さんに尋ねた。 「抱き合うだけなのに、怪我することってあるんですか」 「ああ、血が出たり、痛くて泣いたりするかもしれない。だから、俺としている間、晴之は深く息をするんだ。あとは流れに乗っていけば大丈夫だ」 「はい、息をすることだけは忘れません」 初めてのときって、力んでいたらあそこが出血するのか。男性も女性と変わらないんだな。先に教えてもらってよかった。傷ができたらしばらく生活しづらくなる。 加賀谷さんは私の両手を強く握り、頬を赤らめて言った。 「俺も男は初めてだから、多少、意思の疎通ができないかもしれない」 「私も努力します」 「最高の夜にしよう」 「はい」 「なるべく痛くないようにしてやる」 「はい……え、うわっ」 押し倒された。ベッドのスプリングが跳ね、息が詰まった。 「壊れたら危ないから、眼鏡は外そう」 返事を待たずに加賀谷さんは私の眼鏡を取ってベッドサイドに置いた。視界がくっきりしないので心配になってきた。でも加賀谷さんは目の前にいるから表情はなんとなくわかる。 私は、加賀谷さんの大きな瞳に見とれていた。 気づけば、私たちの唇は重なっていた。 「ん、加賀谷さん……ん――」

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