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第14話 優しい彼

空の中を漂っているような感覚だった。 加賀谷さんに抱きしめられている。私たちの躯は白く光っていた。天井もベッドも輝いていて眩しかった。 私たちはいっしょになれたのか。きっとそうだ。もう終わったんだ。 躯をつなげるのは簡単なことだった。わからないことばかりだったけど、いまは重苦しいものが消え去った感じがする。 加賀谷さんは笑っていなかった。 悲しそうな顔で私を呼んでいる。そんな顔しないでくれ。 互いに望んで思いを遂げるのだから、悔やまないでほしい。 加賀谷さんだって言っていたじゃないか。 初めてはそんなにいいものじゃないって。 「晴之、晴之……」 「ん、ん……」 目を開けると、加賀谷さんの顔が間近にあった。私を見つめて笑った。 「よかった、息できるか」 深呼吸して頷くと、加賀谷さんが起こしてくれた。 ふたりともベッドにいて、裸だった。さっきまで私は毛布をかけられていたようだ。 「晴之は気を失ったんだよ。だめかと思って救急車を呼ぶところだった」 すみません、と言ったあと、気絶する直前のことを思い出した。 加賀谷さんと抱き合っていた。いろんなところを触られて、何度も彼の名を呼んでいた。 結局、どこまでしたんだろう。 「あの……終わったんですか」 「何が」 「私たちは最後までしたんですか」 しばし黙って、加賀谷さんは私の目を見ていた。 「いや、途中までだよ」 息を吐いた。力が抜けていく。 「ああ、途中までですか……あんなにいろいろしたのに……」 思わず自分の肌を撫でた。ところどころに赤い痣のようなものができている。内腿は粘りのある液体で濡れている。 未遂とはいえ、愛された証ははっきりと私の躯に刻み込まれていた。 「すごかった……終わらないのかと思った……」 おとなしい加賀谷さんが、別人に見えた。ずっと笑っていたけれど、穏やかな笑みではなかった。 心の奥が見えない笑みだった。 眉を寄せて加賀谷さんは私の顔を覗き込んでいる。見つめ返しているだけで躯が火照ってきた。 いや、と叫んでいた自分の声が頭の中に響いてくる。甘ったるい声ばかり上げていた。 抱かれるのが、こんなに恥ずかしいものだと思わなかった。知らずにいた快楽のつぼを、彼に刺激された。 加賀谷さんは背中をさすってくれた。撫でられたところが熱くなってくる。 「覚えてるか、晴之。泣いちゃったこと」 「そうだったんですか。すみません」 加賀谷さんは首を振った。真剣なまなざしで私を見つめる。 「晴之は、俺を抱きたいと思ってたのか」 「……はい」 頬にキスされた。くちづけはやさしくて、さっきまでの荒々しい彼の名残はなかった。 「ごめんな。気づかなくて乱暴するところだった……恋人なのに」 「そんなこと言わないでください。私も同意していました。無理矢理ではないです」 「抱かれたいと思ってたか。違うだろ?」 「それは……」 返事ができない。自分が抱かれるなんて考えたことがなかった。 男同士で付き合っているのだから、どちらも相手を抱くことができる。そのことを忘れ、私は加賀谷さんを抱くことばかり考えていた。 答えないでいると、加賀谷さんは立ち上がった。 「べたべたして気持ち悪いだろ。タオル取ってくるよ」 「自分で取りに行きます」 「まだ寝てたほうがいい。顔色悪いぞ」 加賀谷さんが寝室を出ていったあと、ベッドに横になった。寒気を感じたので、毛布を肩までかけた。 そのとき、床に散らばっている加賀谷さんの衣服が目に入った。見ただけで鼓動が早くなった。 どうしてだろう。躯の震えが止まらない。 深い呼吸をしても震えは収まらない。私は唇を噛みしめた。 泣くな。よけいつらくなるだろ。 言い聞かせているうちに息が乱れてきた。数回息を吐いたら落ち着いてきた。 男なのだから男らしく、彼を受け入れたかった。 どんなことをされても泣かずにいられる、強い恋人になりたかった。 私の男としてのプライドが男を受け入れることを許さなかったのだ。だから、できなかった。加賀谷さんが好きなのに受け入れられなかった。涙を零して、しかも気絶してしまった。加賀谷さんは呆れてただろう。 寝室のドアが開いて、加賀谷さんが入ってきた。 「拭くから足を開いて」 「自分でできます」 「俺がやる」 お礼を言う前に毛布をめくって、タオルで拭ってくれた。タオルはちょうどいい温かさだった。 私の下半身を見つめる加賀谷さんの目は全く笑っていない。声をかけられなかった。 「ん、ん……」 敏感なところも丁寧に拭かれて感じてしまう。 私の性器が少し反応した。 加賀谷さんは無視して私の下腹部を拭っていた。中心は徐々に硬くなっていく。 「ごめんなさい」 「謝らなくていい。俺がこんな躯にしてしまったんだ。いっぱい触ったから……」 加賀谷さんは中心を避けるように、私の下半身を拭いた。内腿を拭いてもらっているうちに、欲望は収まってきた。 精液を拭き終わっても、加賀谷さんはタオルを動かした。 「もういいです。加賀谷さん」 腰を動かそうとしたら、腿を掴まれた。強い力だった。 「まだだ。ちゃんと拭かなくちゃ」 何度も擦るので皮膚が赤くなっていく。 「痛い、痛いですから、やめてください」 過敏になった皮膚にタオルの熱が染みた。 加賀谷さんは息を吐くと、タオルをベッドサイドに置いた。 頬にキスをされた。音を立てて繰り返される。 甘くて、少し恥ずかしい気持ちになった。いままでにない感情だった。 いつもは、頬にキスなんて物足りない、唇でなければいやと思っていた。 いまは、肌が触れ合うだけで心の奥が温かくなる。目を閉じて、このまま眠ってしまいたい。 自分からもキスをした。 彼は怒っていないのだろうか。窺うようにゆっくりと唇を重ね、すぐに離した。 目が合うと、加賀谷さんは一瞬微笑んだ。 きつく抱きしめられた。お礼を言うと、加賀谷さんは首を振った。

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