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第16話 朝のキス
朝、いつもより早い時間に目が覚めた。
私は加賀谷さんの腕に抱かれたまま、しばらくおとなしくしていた。目の前にある、加賀谷さんの薄くて小さな唇を見つめた。
指で、加賀谷さんの唇をそっと押してみた。やわらかい彼の唇に触れているうちに、昨夜の出来事を思い出した。
この唇が、たくさんキスしてくれたんだ。
いっぱい甘い言葉をささやいて、私の肌を滑って、私のものを吸い上げたんだよな。
加賀谷さんはとても深く眠っているようだ。私が唇を突いても、頬を撫でても、全く起きようとしない。
私は加賀谷さんの唇を奪った。すぐに顔を離したが、反応がないので再びくちづけをした。
気づけば、きつく閉じられている加賀谷さんの唇を夢中で舐めていた。吐息を零しながら舌を動かし、自分を受け入れてくれない唇をこじ開けようと必死になっていた。
何やっているんだろう。
ふと我に返り、私は一方的なキスをやめた。熱くなった頬を、加賀谷さんの胸に押しつけた。
一晩中密着していたからか、加賀谷さんの胸は少し湿っていた。私は顔を埋め、温かい汗の匂いを吸った。
ちゃんと応えて。昨夜みたいに泣かないから。
加賀谷さんを起こして、そう叫びたくなった。眠っているのだから気づかないのは当たり前なのに、今朝の私はすごくわがままになっている。
私はこんなに甘える人間だったかな。
これでは、本当に加賀谷さんの子供になってしまう。恋人なんだから、もっとしっかりしなくてはいけない。
私は加賀谷さんの腕を解くと、ベッドから抜け出た。
クローゼットを開けて、いつもは眠るときに着る黒のジャージと青いTシャツを出して着替えた。
扉を閉めるとき、加賀谷さんが昨夜着ていた服が、ハンガーにかかっていることに気づいた。
確か、私が気を失って目覚めたとき、衣服は床に散らばっていた。私が眠ったあとに、ベッドから抜け出して、服をしまったのだろう。
もしかしたら、加賀谷さんは眠れなかったのではないか。
寝る直前、いつかしよう、と私が言ったら、加賀谷さんはあいまいに頷いていた。
返事をしながら、何か考え込んでいたように見えた。あのあと、なかなか寝つけなくて朝方ようやく眠りについたのだろう。
だから、私がキスしても目覚めなかったんだ。彼がくちづけに気づかなかったことも、私は自分のせいにした。
私は息を吐くと、クローゼットの扉に額を押しつけた。
何度思い返しても、昨夜のことは自分が悪いとしか考えられない。私が臆病だから、抱き合うことができなかった。
どうして私は、いざとなるとだめになってしまうんだ。勢いに乗ってことを済ますなんて簡単なはずなのに。
振り返り、私はベッドに近づいた。しゃがみ込むとシーツに両腕を乗せ、加賀谷さんの寝顔を覗き込んだ。
私が乱暴なキスしたから、加賀谷さんの唇は濡れていた。朝の光に照らされ艶めく唇を見ていると、自分がいけないことをしたような気がしてきた。
いっしょになろうって言ったのに、泣いて怯えてしまった。気を失い全身で加賀谷さんを拒んだのに、朝になったら自分の欲望のままに、彼の唇を貪った。
全く筋が通らない。加賀谷さんを拒否しているのか、迎え入れようとしているのか。自分がわからなくなった。
部屋を出て、キッチンへ向かった。料理をすれば、いつもの自分に戻れるはずだ。
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