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第22話 決意

仕事を終えると、私は車を走らせ加賀谷さんのアパートに向かった。厚い灰色の雲が空一面に広がっている。今夜はきっと星を見ることはできないだろう。 駐車場に車を止めて、アパートの階段を上がった。 玄関のチャイムを押すと、加賀谷さんはすぐにドアを開けてくれた。 「加賀谷さん、話があります」 「うん、ソファに座って話そうか」 加賀谷さんは少しも驚いてはいなかった。ふたりがけのソファに並んで座った。 言わなくてはいけない。私は深呼吸した。 「あなたのものになりたいです。抱いてください」 私が訴えても、加賀谷さんは微笑まない。 どうして、喜んでくれないんだろう。 「抱かれるのは怖くないのか」 私は俯いた。自分を抱きしめて腕を擦っていたら、加賀谷さんは隣で息を吐いた。 「やっぱりまだ怖いんだろ、俺のことが」 「そんなことないです。今度は気絶しません」 加賀谷さんは真剣な顔だった。悲しそうにも見えるし、怒っているようにも見えた。 「晴之、何されるかわかっているか。説明できるか」 「その、裸になって、たくさんキスして……」 「それだけじゃないだろ」 「いっぱい触って、全身にキスする」 「……そのあとは、言えるか?」 「私のを銜えて、それから……」 「それから? 俺が何をしたか思い出せるか」 私はシャツの胸元を握りしめた。 「加賀谷さんの指が……」 「晴之。どうしてつらそうな顔しているんだ? 何を思い出したんだ?」 思い出したのは、加賀谷さんの笑みだった。 怯える私を見て悦んでいる加賀谷さんの顔。あの顔をもう一度見ることになる。 今夜は逃げられない。最後までされる。 「怖くないです」 「まだ、そんなこと言って……素直じゃないな、おまえは」 「素直になんかなれないです!」 抱きついて加賀谷さんの胸に顔を埋めた。額を押しつけるようにして首を振った。 「怖いって言ったら加賀谷さんはもう触ってくれない! わかるんです。私のことを思ってくれるから、加賀谷さんは絶対に私を抱こうとしない! そんなのいやです」 泣いているのを気づかれないように、私は俯いたままでいた。 「自分がいつ死ぬかなんて誰も知らないんですよ」 どうして、泣いたらいけないときに限って涙が出てしまうんだろう。昔からそうだった。 「……兄さんだって突然いなくなった」 「兄さんって、昨日言っていた人か」 「ええ。兄は警察官だったんです。でも、刺されて……」 悲しむ顔を見せたら相手が心配してしまう。甘えたくて泣いてるわけではないのに。 「昨日、加賀谷さんも刺されるんじゃないかと思った」 「あのとき飛び出したのは爆弾のせいじゃなかったのか」 私は頷いた。 「加賀谷さんだって、私だって、明日どうなるかわからないんです」 何も言わずに加賀谷さんは、私の髪を撫でている。 私が泣いてると気づいてるだろう。 「もし……私が今死ぬことになったら、加賀谷さんに抱かれたかったって思いながら死にます」 顔を上げたら、涙が零れてきた。加賀谷さんの顔が見えなかった。 「うまくできなかったら……捨てていいから……」 強い力で両肩を掴まれた。 「何言っているんだ!? 俺が晴之を捨てるわけないだろ!」 「痛いのも怖いのも我慢するから。だから、抱いてください」 再び俯こうとしたら、顎を押さえられた。加賀谷さんは私の眼鏡を取った。 目元に唇を寄せ、涙を吸ってくれた。 「晴之」 唇をふさがれた。加賀谷さんがくれたキスは塩辛くて、唾液があふれてきた。私はふたり分の唾液を飲み込んだ。 喉が熱い。躯が内側から火照ってきた。 「俺も、後悔するとしたら晴之のことだけだ。だけど、抱くのはためらうよ」 数回ついばむようなキスをしたあと、加賀谷さんは眼鏡をかけさせてくれた。 「晴之。俺も怖いんだ」 「加賀谷さんもですか」 「ああ。したくてたまらないのにな」 加賀谷さんは困ったように笑っている。彼は経験したことがあるはずなのに、何を恐れているのだろう。 「相手が晴之だからだよ」

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