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第1話

 こんにちは、と声を掛けられ、貝塚はぺこりと頭を下げた。  見ると好青年を絵に描いたような男性がこちらを見ていた。 「ツアー参加の方ですか?」 「は、はい」 「俺もなんです。よろしくお願いします」 「こ、こちらこそ」  どもりながら答えた貝塚は、少し安心した。  こんなリア充満開そうな青年が来るようなツアーなのだ。そんな怪しいものじゃないのかもしれない。 「いや~楽しみですよね。俺、まさか当たると思ってなかったんで。ってか都市伝説だと思ってましたもん」 「へ? な、なにがですか?」 「え? なにって、このツアーですよ。NYOKKIの新春ミステリー。やばいぐらい評判いいっスよね」 「あ、そ、そうなんだ?」 「え~……お兄さん」 「あ、貝塚です」 「あ、俺は恩田。ってか、貝塚さんなにも知らずに来たんですか?」  爽やか好青年恩田氏が、胡乱げな表情で問いかけてきた。  貝塚は驚きながら頷いた。  まさかあんな怪しげなダイレクトメールのツアーが、そんな人気のあるものとは! 「じゃあまさか準備ナシですか?」 「へ? 準備って……そりゃあ一泊分の着替えぐらいは」 「じゃなくて、アレですよアレ。俺なんてこの日のために一か月オナ禁しましたもん」 「お、オナ禁っ?」  …………好青年風な外見のくせに、初対面の相手になんてことを言うのだこの男は。  貝塚は目玉がこぼれ落ちそうなほどに驚愕したが、恩田氏は涼しげな顔のままだった。    事の詳細を問いただそうとしたそのとき、ロータリーにバスが来た。  ふと見ると、周囲にはいつの間にかツアーの参加客らしき人々が集まってきている。全員が男だ。男ばかりが十数人。  少し気後れしてきた貝塚をよそに、恩田が満面の笑みで貝塚に声をかけてきた。 「貝塚さん、楽しみましょうね!」 「あ、ああ……」  ぎくしゃくと頷いた貝塚であった。  貝塚の乗ったバスはトイレ付きで、座席がわりと広いタイプだった。  しかも、真ん中に通路を挟んだ四列シートを、ひとりで二席使えるのでさらにゆったりとしている。  なるほど、少人数でバスを貸し切っているわけだから、ツアー代金もお高めな設定なのだろう(それにしても十万は高い)。  バスに乗り込む際に、添乗員らしき男性が持っている箱から、座席番号の掛かれたクジを引くように言われ、貝塚は一番前と引き当てた(正確には、一列目の座席は添乗員たちが使うため、二列目であったが、参加客の中では一番前である)。 「ラッキーですね、貝塚さん。どうぞ、お楽しみくださいね」  やけにイケメンな添乗員に言われ、へどもどと貝塚はその席に座った。いったいなにがラッキーなのかよくわからないが、周囲の参加者たちからは羨望の眼差しが注がれたので、この席は良席と言えるのだろう。  全員が座ったタイミングで、イケメン添乗員がマイクを握った。 「皆さまこんにちは」    イケメンは声までいいのか。イケボでの挨拶に、まばらな返事がおこる。 「本日はキノコのマークのニョッキツーリズム、新春ミステリーツアーへのご参加、ありがとうございます。私は添乗員の風見(かざみ)と申します」  滔々と話すイケメンこと風見のセリフの一部が、ふと貝塚の耳に引っかかった。  キノコのマーク?  そのフレーズにはなにか聞き覚えがあるような……。  ひとり考える貝塚を置き去りに、自己紹介は続いていた。 「運転手は絶景観光の安井さんです。安井さん、二日間よろしくお願いします」 「安井です。皆さまを安全に絶景スポットまでお届けさせていただきます。よろしくお願いします」  風見が差し出したマイクに、安井がすかさず応じた。  ハンドルを握っている手は、軽く腕まくりをしており、そこから覗く二の腕がムキムキで、ずいぶんとマッチョな運転手だなと貝塚は思った。 「さて、それでは早速目的地に……といきたいところですが、主役の紹介がまだですね」  風見が白い歯を見せて笑った。    主役?? と貝塚の頭に疑問符が浮かぶ。  チラと通路を挟んだ反対側の席を見てみると、そこに座る男が前のめりになっていた。  顔を振り向けてみると、車内の乗客全員が同じように前のめっている。  なんだ、なにごとだ。    貝塚がひとり、唖然とする中。  添乗員のイケボが響いた。 「さて、本日このバスを担当いたしますバスガイドはこちら、常盤(ときわ)(あきら)でございます」  風見のアナウンスにかぶって、うおぉぉぉぉ、と野太い歓声が轟いた。    閉じていたバスのドアがプシューと開く。  ステップに足をかけて入ってきたのは、スレンダーな体つきのバスガイドさんで……。  細腰を強調するような制服を身にまとったガイドさんは、聞き取りやすい透明感のある声で、名乗った。 「常盤です。よろしくお願いいたします」  しなやかな動作でお辞儀をしたガイドさんは……どこからどう見ても、男性であった。    男のバスガイド相手に、一体全体みんななにを興奮しているんだ……。  混乱する貝塚を取り残したまま、乗客たちの熱い興奮とともに、一泊二日のバスの旅が幕を開けたのだった。  

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