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第5話
貝塚たち乗客が本当のトイレを済ませて客席に戻ると、座席には小さな箱が置かれていた。
パッケージにはキノコのマーク。
着衣を整えたバスガイドの常盤が、まだ色っぽく潤んだ瞳のままで乗客人数を数え、運転手へと頷く。
バスがゆっくりと走り出した。が、カーテンは閉じられたままなので外の景色は見えない。
だが景色なんてものよりも、美貌のバスガイドに全員釘付けだったため、誰も外が見たいなんてことは言わなかった。
ガイドマイクを口元に近づけた常盤が、「さて」と聞き取りやすい声でアナウンスをした。
「さて、皆様のお席にありますのは、先ほども試着いただきました弊社自慢のコンドームです。これより先、好きにお使いください。こちらもおもてなしに含まれておりますので、何枚使っていただいても大丈夫です」
貝塚は常盤の言葉を聞きながら、一枚を取り出してキノコをじっくりと眺めた。
見たことがある。
これはどこで見たのだったか……。
記憶を辿ろうとした貝塚の膝の上に、白い手が見えた。
え、と思って視線を上げると、常盤がてのひらサイズのカタログを差し出しているところだった。
「どうぞ」
きれいな顔が、はにかむように微笑む。
「あ、ありがとうございます」
咄嗟に受け取った貝塚はその表紙を見てぎょっとした。でかでかとプリントされていたのがオナカップの写真だったからだ。
なんだこれは、とパラパラとカタログをめくってみる。
するとそこには、所謂アダルトグッズがいくつも写っていた。
それらを見ているうちに、貝塚はようやく思い出した。
なぜ、キノコのマークに見覚えがあるのかを。
貝塚が一年ほど前に購入した、女性の膣をリアルに再現したという3Dテクスチャのオナカップの箱に、確かこれが付いていた。
そうだ、あの製品はニョッキという会社のものだった。
ということは、NYOKKIツーリストというのはアダルトグッズの会社が母体ということなのだろうか。
貝塚はカタログを最初から改めて見ることにする。
男性用の自慰製品がずらりと掲載されている、そのひとつひとつを確認しながらページを繰った。
その中に、貝塚が愛用しているカップを発見する。
そうだ、これだ。
このオナカップだ。
商品名は、『REI』。
パッケージには可愛い女の子のイラスト。
オナカップ本体は白いが、入り口部分はリアルな肌色で、割れ目は無毛の女性の性器そのものの造りとなっている。
少しぷっくりとしたピンクのひだひだと、控えめな豆粒のような花核も再現されていて、ラブドールの局部だけをカップにしたような商品だった。
見た目もかなりのクオリティだが、このカップ、突っ込んだときの感覚がまた桁違いに気持ちいい。
締め付けも抜群だし、これがあれば女を抱かなくてもいいのではないかとすら思える出来だった。
このツアーはもしかして、過去にニョッキの製品を購入した者の中から抽選で選ばれるのだろうか。きっとそうなのだろう。
ひとり得心する貝塚は、常盤の説明の大半を聞き逃してしまった。
ハッと我に返りカタログから目を上げると、前方でマイクを握る常盤が微笑みながら、話を切り上げるところであった。
「それでは、おもてなしのひとつ、アダルトグッズのお試しをしていただきますね。お渡ししましたカタログに載っているもの、どれを選んでいただいても構いません。グッズを使うのが初めての方も、オレがお教えしますので、大丈夫です。今回は後ろの席から回らせていただきますね」
常盤はマイクを切り、一番後ろの席へと向かった。
貝塚が常盤を追って振り向くと、周囲の乗客は全員同じ行動をとっていた。
常盤が、乗客の隣の席へと腰を下ろす。
なるほど、ひとりにつき2シート与えられていたのは、このためか。
バスガイドと並んだ男が、カタログからグッズを選んだようだった。
常盤が風見へと合図を送る。
風見が大きな箱からグッズを取り出し、後方へとそれを持って行った。
彼が選んだのはオナカップだった。
パッケージがピンク色なので、貝塚愛用の『REI』ではなく、べつのモデルのやつだろう(因みに『REI』のパッケージはグリーンだ)。
通路側に座っている常盤が、なにやらごそごそと動いている。
そこの近くの席の客たちが「おおっ」とどよめいた。
漏れ聞こえてきた声から、どうやら常盤が彼自身の手で客にコンドームを被せるサービスをしてくれているようだった。
貝塚は興奮に胸を高鳴らせながら首を伸ばし、必死に目を凝らした。
全員が同じように注視する中、常盤によるアダルトグッズの使い方講座とお試し体験が始まった。
イケメン添乗員の風見が、ひとり涼しい顔で車内を回り、他の乗客たちにタブレットを配ってゆく。
「退屈でしたら、順番がくるまでそちらをご視聴ください。弊社が制作したAVが入っています」
同時にイヤホンも手渡され、きちんと席に着くよう促された。
貝塚も前を向くよう言われ、渋々座席に座りなおし、タブレットの電源を入れる。
画面にはキノコのマークのアイコンがあり、そこをタップすると風見の説明通り、AVのラインナップがあった。
有名AV女優や、素人、JKに人妻に和物に洋物、様々な作品に混じって、男同士や女同士、ふたなりモノまである。
貝塚はこれまで、ゲイポルノなんてものを観たことがなかったが、今日、常盤に出会い自分の価値観がひっくり返された。
俺は男相手でもイケるんじゃないだろうか。そう思いつつゲイモノの、バス車内での痴漢シチュエーションのサムネイルを指先でトントンと叩いた。
タブレットの画面で、アイドル系の顔をした青年が、満員の車内で背後のおじさんに股間をまさぐられている。
イヤホンからは、押し殺した青年の喘ぎ声が聞こえてきて……中々シコいな、と貝塚は思った。
むくりと頭をもたげたジュニアに、ニョッキ製のゴムを装着し、右手で扱く。
画面の中の青年を弄る手はどんどんと増えていき、いまは四人がかりで責められていた。
この男優もイイ表情をする……が、常盤の方がプロポーションも顔も声も貝塚の好みだった。
貝塚は青年に常盤の容姿を重ねて、自分が映像の中のおじさんになった気分で自慰を続けた。
バスの座席の前のポケットにはご丁寧にゴミ袋が備え付けてあって、ドピュっと放った白濁はゴムとともにそこへと捨てた。
ゲイモノもわりとイケるな、と考えつつ、貝塚が二本目に見る作品を吟味に吟味を重ねて選び、それに没頭していたとき。
不意に太ももの上を白い手が撫でてきた。
驚いて左側を見ると、常盤がこちらを覗き込んで、にこりと微笑んでいる。
慌ててイヤホンを外した貝塚に、バスガイドさんがやさしく囁いた。
「お待たせしました。こちらのおもてなし、貝塚さんで最後となります。どの製品をお試ししますか?」
貝塚に問いかけながら、常盤が通路側の座席に腰を下ろす。
その清楚な横顔に貝塚はうっかり見とれてしまった。
いまはガイドの制服は乱れていない。さっき乗客たちに散々吸われて赤くなっていた乳首や、ハーネスが巻かれた性器が嘘だったかのように、ストイックにボタンが留められていた。
けれど、そのきっちりとした格好もまたエロく見えるから不思議だ。
「貝塚さん?」
カタログではなく常盤の顔を凝視する貝塚を、常盤が訝しげに呼ぶ。
貝塚は誤魔化し笑いを漏らしながら、カタログをパラパラとめくった。
AVに夢中でどれを使うか考えていなかった。
咄嗟に愛用の『REI』を、指さそうとして……貝塚はふと気づく。
「これって、このカタログに載ってるやつだったらなんでもいいんですか?」
貝塚が尋ねると、常盤が「はい」と頷いた。
貝塚はカタログの途中をすっ飛ばし、最後の方のページを開いた。
大半のページは男性向けのグッズが並んでいたが、後半の数ページだけは女性向けのアダルトグッズがあったのだ。
その中にアナルパールがあったことを、貝塚は思い出したのだった。
「じゃ、じゃあ、これを」
「えっ……」
貝塚が指差した写真を見て、常盤が驚きの声を漏らす。
「こ、これを、バスガイドさんに使わせてください」
「え、そ、それは……」
「この中のもの、どれでも体験させてくれるんですよね」
少し強めに貝塚が問うと、常盤は一度迷うように視線を彷徨わせ、それからほんのりと頬を染めて、こくりと頷いた。
二人のやり取りを見ていた風見が、箱からアナルパールを取り出して、貝塚に手渡してくれた。
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