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第42話

「神原くーん!お客様ー!」 ショートで、ボーイシュな小柄な女性がよく通る大きい声で少し離れた空き地にいる男性にむかって叫んだ。 ダウンジャケットを着た長身の男性は手を挙げて近づいてきた。 男性がゆっくりと俺に近づいて目の前に来ると驚くこともなく「やっぱり来ましたね、南森先輩」と俺をじっと見つめた。 顔を見るのは一年ぶりだが、記憶のなかにある印象よりはだいぶ大人っぽくなっていた。 「要くん・・」 「先輩が聞きたいことはなんとなくわかりますよ。でも、今、生徒と実験しているんで。二時間後からでもいいですか?ゼミの部屋で待っててください」 要の視線の先には高学年らしき小学生が数人集まっていた。 要はそそくさと小学生の集団に戻りプリントを配布しはじめた。 俺は言われた通りゼミの部屋に戻り、さっき要を呼んでくれた小柄な女性、橘さんにコーヒーを入れてもらい、二時間ほど待つことにした。 なんとか、憩生の居場所を知りたくて、もしかしたら要ならまだ連絡取り合っているのかもしれないと思い憩生の大学に来た。 要がここの、大学院に残り研究員として働くと前に憩生から教えてもらったのを思い出した。一年前の話だからもしかしたら会えないかもしれないと思いつつ、ダメ元で訪ねたのだった。 土曜の昼下がり。 大学の敷地内は静かだった。 ゼミはおそらく要の父親が教授なのだろう。 昔、一度見たことがある要の父親と学生の集合写真が何枚か壁に飾られていた。 その中には、、まだ大学に、入ったばかりの少し今より幼い憩生と要のゼミ時代の写真もあった。 写真の中の憩生は要の隣で笑っていた。 橘さんは俺の前に緑の紙に印刷されたプリントを置いた。今日は、大学院でしている小学高学年を対象にした、ジュニア天文教室をしているのだと説明してくれた。 大学に、併設されている天文台は季節ごとにプラネタリウム や天体観測などイベントを一般向けにしていて、今日もその一つのようだった。 「神原さんのお知り合いですか?」 「あー、弟が、ここのゼミで彼と同級生だったんです。」 「、、、、南森くんですか?」 橘さんの口から憩生の名前が出てくるとは思わなかった。目の前のソファーに、座っている彼女は窓の外に視線をうつして、なつかしそうに話してくれた。 「私も実は同級生なんですよ、神原くんと南森くんと。」 要が指定した二時間の間、橘さんは大学から大学院時代の憩生のことや、要のことなど学生時代の思い出話をしてくれた。 俺が中途半端に憩生を避けていたあの時間、要がいかに憩生に寄り添って過ごしていたのか、思い知らされた。 もしかしたら、あの時だって久々に二人でサンテラスで会ったからたまたま昔の感情に流されたのかもしれない。 逃げるように家を出て、関わらないよう距離をとっていた俺より、憩生のそばにずっといた要のほうがきっと安心できるのかもしれない。 結婚をもうすぐしてしまう男よりは、自分を見てくれる男に、惹かれるのは当たり前だ。 俺はあの時ちゃんと、憩生に伝えられなかった。 お前と一緒に生きるって。 もう遅いかもしれないけど、せめて、あの時言えなかったこと、いうくらいは許してほしいと思った。 「お待たせしてすみません。」 要は二時間きっちりに、戻ってきた。 「橘さん、悪いんだけど明日の教室で使うプリント印刷してもらっていい?」 おそらく、部屋に二人きりにするためにお願いしたんだろう。橘さんもそれを察してすぐに部屋を出てくれた。 「コーヒーおかわりします?」 要はインスタントコーヒーを入れて俺の前と自分の前に置いた。 「さて、何から聞きたいですか?」 コーヒーを一口飲んて、要は微笑んだ。 「あっ、いや、今日は時間とってもらってすまなかった」 「いいですよ。たぶん、もうそろそろ俺のところ来るかなって思っていたんで。、、、憩生のことですよね?」 「ああ」 「居場所が知りたいですか?、、それとも。」 「えっ?」 要はニヤリと口元を緩めて俺をみた。 「...俺と憩生の関係について知りたいですか?」 「っ!」 要の言い方がまるで勝ち誇ったような口調だった。 「南森先輩、気づいていたんでしょ?俺が憩生を特別に思ってるって。なんせ、小学生のときから警戒心めちゃすごかったし、俺のことずっと睨んでましたもんね」 「えっ、俺そんなことしてた?」 「無自覚ってこわ!」 要はテーブルの端にあったクッキーを一つ口に入れた。そして懐かしそうにクッキーのパッケージを見つめた。 青をベースとしたビニールの袋に白抜きされた文字が印刷されていた。 「憩生がここのクッキーすきだったんです。落ち込んでいるときとか、これをよく食べていました。」 よかったらどうぞ、と一つ目の前に置かれた。 「先輩がずっと憩生を大切に思っていることは知っていました。先輩に彼女ができるたび、憩生が悲しんでいるのも知っていました。」 今となってはその時の俺の行動がいかに、愚かだったか、、。 「憩生のこと、すきだと思ったのは中学のあたりでした。当時、サッカー部のマネージャーと付き合っていたでしょ?放課後とか先輩がその人と話しているのを見かけるたびあいつ泣きそうな顔していたんです。俺ならそんな顔させないのにって思って、何度か思わせぶりな行動したんですけど、あいつ、まーったく、気がつかなくて」 要は思い出し笑いをしながら、懐かしそうに話をしてくれた。 「告白はしました。一度だけ。すきな人がいたけど絶対叶わないんだと、泣きながら話していました。その時のあいつ、すごく弱ってて消えそうで。その時に伝えました。」 「、、、、」 「先輩が、結婚したから、あぁ、あの時の大切な人は先輩のことだったんだってわかって、もしかしたら、俺のことも考えてくれるかもしれないって思ったんですけど、ね。」 「....」 「今日は、あいつの居場所を俺が知ってるか聞きたくてきたんですよね?」 「あぁ」 「知っていたとしても、教えません」 「!!知ってるのか?!」 「あってどうするんです?先輩、奥さんいるんでしょ?」 「、、離婚したんだ」 「だから?離婚したらいいんですか?違いますよね?離婚したらすべてなかったことになるんですか?先輩ずるいですよ。俺だってずっとずっとあいつを見てきた。今も。」 「、、、、」 「あいつがどんだけ、傷ついているかわかりますか?先輩は自分勝手です。都合の良い時だけ憩生の気持ちをかっさらう。あいつが、かわいそうだ。先輩、もう、良い加減に憩生を解放してあげてくださいよ」 激しい嫉妬をぶつけられる。 いや、違う。 これは、俺の行動に対する怒り、憎しみだ。 大切な奴を傷つけたものへの憎悪。 「あいつが先輩に連絡しないで俺に連絡しているっていうことは、どういうことか理解してくださいよ。先輩とのことはもう終わってるんです。」 容赦ない言葉の攻撃に、俺は何も返せなかった。 要は、続けて不敵な笑いを浮かべてこう言った。 「俺と憩生は、付き合ってますよ。先輩が結婚してからずっと、です。この前も会いました。憩生は先輩に会いたくないって言ってます。」 「ちょっと待ってくれよ。憩生と会ったのか?!あいつがそう言ってるのか?」 「そうですよ。だから、もうあいつのことは忘れてください。そして二度と顔を見せないでくれます?」 忘れる? 俺が憩生のこと、忘れる? 「先輩たち、兄弟でしょ?血が繋がらなくても。そんなんで一緒にいられないでしょ?世間体とか家族のこととか考えたら普通じゃないんですよ?」 「.......」 「先輩は、ずっとあいつを傷つけてきた。 先輩はそういう許されないとわかっていたから、あいつに似ているような女の人と付き合ってきたんでしょ?、、あいつの身代わりを探しては抱いてきたんでしょ?そんな汚い手であいつに触れないでくださいよ」 「っ!」 「それに、先輩、女のひとと結婚も付き合いもできるひとでしょ?そのうち、好きな人できたらまた、同じように、結婚して憩生を悲しませるでしょ?」 「ちがっ!」 「何がですか?憩生は、先輩とは違います。憩生は、女性とは付き合えない。そして、多分俺もです。」 「、、っ」 「先輩、悪いけど、あいつのこと、渡しませんよ?あいつの居場所も教えません。アメリカにいると思うならアメリカに行って探したらどうですか?」 要は、明らかに敵意を剥き出しにして、俺に罪悪感という名前の重荷を背負わせる。 要もずっと、同じように苦しんでいた。 きっと俺が傷つけた憩生をそばで見てきている。 俺に教えてくれるわけ、ないか。 憩生にたどり着ける道は、やっぱり、俺につながっていないのか。

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