354 / 362

354

「   月が 綺麗だ」  釣られた翠也の視線が ふぃと空へと向かう  満月に少し足りない歪な月は 黒い雲に隠されて僅かな光だけが見て取れた 「   」  怪訝な 表情  けれど其れで良いと思った  其の意味に 気付かぬ方が良いのだ 「るりを 暖めて遣らないといけないので 失礼するよ」  さり と音を立て ぼんやりと立ち尽くす翠也を置いて俺は離れへと戻った  荷を荷車に乗せる  此所へ来た当初 こんな日が来るとは思わなかった 「御世話に成りました 御恩は一生忘れません」  嶺子を始め 一人一人に挨拶をして行く  後援者を乗り換え様と云うのに 嶺子は感情を荒げもせず 何か有れば又此方を頼りなさいとまで云ってくれた  家人達にも礼を云う  わいわいと別れを言い合う中 ただ一人 翠也だけが青い顔で後ろから此方を見ていた  噛み締められた唇  震えない様に握られた拳  今にも駆け寄り 抱き締めて遣らないと倒れてしまいそうだった

ともだちにシェアしよう!