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肆 恋しかりける、月朧(つきおぼろ) 【八】

 ――夕刻、茜さす山の端《は》にゆるりと陽が落ちゆく。  宵の口を迎える寸前の内裏では、舎人《とねり》たちがきびきびと動き回り、宴の準備にいそしんでいる。 「……うーん、なんだか知らない場所みたい」  宴への気合い充分な父上のおかげで定刻よりもかなり早めに内裏に到着してしまった私は、庭にひとり残されて手持ち無沙汰だ。  予想はついてたことだけど、とても暇だから、舎人たちの邪魔にならない程度にぷらぷらと庭の端を歩いて見学中。 「ここには代替わりなさる前にも来たことがあるのに、妙な感覚だなぁ」  前《さき》の帝の御譲位を受けて今上帝が即位なされて、もうすぐ二年。  先帝の御代《みよ》が始まったばかりの五年前。新年に催された歌会に、末席の末席という扱いで人知れず参列していた父上の従者代わりとして一度だけ来たことがある内裏の庭に立ち、込み上げる違和感に戸惑いを隠せない。  私が覚えている内裏とは、ここは少し違う。どこが、とはっきりは言えないけれども。 「新しき天皇《すめらぎ》様になられてから、殿舎を建て替えたのかな?」  そうかもしれない。今上帝は革新を好む果断な気性と伝え聞く。  皇統を揺るがすような変を起こされた先帝の名残を消すくらい、ひと声あげれば済むことだ。 「――そなた、橘薫親か?」  ――ぴくんっ 「あ、はい。左様でございま……」 「では、こちらへ参れ」 「え……?」 「何をぐずぐずしておる。さっさと我《われ》について参れ!」  はい? あの、その前に、あなた様はどなたですか? 「そなた、頭も足もついておるのだろう? 我の言葉を理解したなら、命じられた通りに即座に動くだけで良い。目を丸く見開く暇があるなら、疾《と》く歩け」  何だろう、この、覚えのありすぎる既視感は。  突然現れた、お顔も名も存じ上げないお方。けれど、その高圧的な物言いと態度は、数日前にお会いした参議様とぴたりと重なる。 「いやいや、むしろ参議様よりも嫌な感じ? 急に現れて命令通りにしろって言われても困るよ。行き先はわからないし、父上も心配するだろうし。そもそも私は無位だから殿舎には上がれないんだよ? それに、そちらは私をご存知でも私は知らな……」  口内だけでそっとぼやいてる途中、それが聞こえたかのように先を歩いていた相手がくるりと振り返った。  すらりとした細身は、参議様よりは少し若く見える。二十代後半? 藤原四家の、いずれかの公達《きんだち》だろうか。  何の用で私に声を掛けてこられたのか不明だけど。位階を持たない地下《じげ》は高位の者の命令を聞いて当たり前という態度が、とても気に入らないけど。  父上のため、というより母上のために我慢だと自分に言い聞かせ、内心を読み取らせないよう静かに笑んで言葉を待つ。 「ふん」  すると、神経質そうな細い眉がくっと歪み、見下しきった硬質な光を放つ瞳が、ぎろりと見据えてきた。 「噂通りの面妖な瞳の色よの。鳶の羽根のごとき明るさで、灯火に映すと金《こがね》とも見紛う異質な瞳。まこと、忌むべき、おぞましい色だ」

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