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第2話

 あの日は、社会人三年目のクリスマスだった。  僕は塾講師に、君はバイトを掛け持ちしながら、ひたすらに小説家を目指していた。  僕は教えることが、子供と接することが特に好きじゃなかった。だからか、仕事は辛くてたまらなかった。  生徒、保護者、同僚、上司。全然上手くいかない人間関係に、『先生さ、何で塾講師になったの?』という生徒の素朴な疑問にも答えられない曖昧な僕自身。  それらが積もり積もって、毎日ストレスで吐きそうになりながらも職場に向かっていた。  そしてその日僕は、生徒の何気ない陰口を聞いてしまった。僕の教え方が下手だという。それで、堪えてきたものが溢れた。  こちらはどう教えるか考えるため必死なのに、ただぼうっと授業を聞くだけの子供にそんなことを言われたくはない――そんなことは言えるはずもなく、僕はむしゃくしゃしていた。  だからだろう。君にあんなことを言ってしまったのは。 「ん、お帰り。仕事お疲れ様」  君は難しい顔でパソコンに向かっていたがふいと顔を上げて僕に笑いかけた。  大学卒業後、シェアハウスをしようと持ちかけたのは僕だった。君は快く了承してくれた。  前までだったら、その言葉だけで癒されただろう。でも、ささくれ立っていた僕の気持ちはそんなものじゃ収まらず、むしろ、そのささくれを逆撫でした。 「何が仕事お疲れ様、だよ……自分には仕事の辛さは関係ないから、って顔して」  椅子に崩れ落ちるように座って、僕はため息を吐いた。君は驚いたように黙り込んだ。  その態度がなおさらむかついて、僕は全て吐き出していた。 「君はいいよね、自分の好きなことだけやってられて。食費とか家賃とか、ほとんど僕が出してるもんね。羨ましいよ、社会人の辛さ、何も知らずに夢を追いかけられる君が」  君は僕の言葉を黙って聞いていた。だから、僕の言葉は止まらなかった。 「第一、君は夢だ何だっていつも言ってるけど、書きたい小説を書けるって、既に売れてる作家だけだよ? 君はそうじゃないのに、現実味のない夢物語を語り続けてるだけじゃないか」  君は神妙な顔で俯いて、ごめん、と呟いた。それでも、僕の怒りは収まらなかった。 「ごめんって謝って、それで? それで君はどうしたい訳?」  君の瞳は揺れた。動揺を映すように揺れて、一度固く閉じられてから、決意したように開かれた。 「ごめん、俺、お前に甘え切ってた。だから……止めるよ、お前に甘えるの。一人で……この部屋を出て行って、一人で生きていく」 「あっそう。じゃあ出て行けば? 一人で生きてくのって、君が考えてるほど甘いもんじゃないと思うけど」  僕はささくれ立った気持ちのまま、投げやりに言っていた。君は真剣な表情で、黙って頷いた。  その日、君は荷物をまとめて出て行った。そして、次の日も、その次の日も、僕がその部屋から引っ越すまでずっと、君は帰ってこなかった。  だから、今では僕と君を繋ぐものは何一つない。あるのは、僕の一方通行な想いだけだった。
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